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第4話 リップクリーム

 王路に送ってもらったあと、誰にも見られてないか確認してから家に入って鍵を締めた。


 カフェラテが甘かったからか、喉が渇いて仕方がなくて、オレは台所に向かった。


 ファミリータイプのでかい冷蔵庫を開けると、500ml入りのミネラルウォーターを取り出して、雑に扉をしめる。


 部屋に上がるついでに脱衣所に寄って、Yシャツと靴下を脱いで洗濯機の中に放り込んだ。


 階段を登って部屋に入り、ブルゾンをハンガーにかける。上のTシャツは脱がずに、制服のズボンを脱いでスウェットパンツを履いた。


 ようやくひとごごちついたオレは、ミネラルウォーターの蓋を開けて3分の1くらい中身を飲んで、蓋を閉める。ペットボトルはデスクの上に置いて、オレは思い出したように、ブルゾンのポケットからリップクリームを取り出した。


 コンビニなのに無駄に品揃えが良くて、どれがいいか分からなかった。しかも、王路に鉢合わせたものだから、1番売れてるリップクリームを適当に買ったのだ。


 普段使わないせいか、ただのリップクリームなのに、買うのに勇気がいった。だけど王路が側にいたから、なんでもない風を装って、金を払ったあとは素早くポケットに入れたのだった。


 オレはベッドに熱ころがって、パッケージを取り払ったリップクリームの本体をまじまじと眺めた。


「とりあえず、一番売れてるヤツを買ったけど、女の子用なのか男用なのかもわかんねーな。……調べてみるか」


 ここでまたもや、◯ー◯ル先生の出番である。いつも助かってます。あざっす。


 カメラを起動して、リップクリームを撮ると、すぐに検索結果が出てきた。


 オレが買ったのは、男女兼用のリップクリームで、敏感肌に優しい◯ュレルという名前の商品だった。


「やけに高いと思ったら、結構良いやつ買ってたんだな、オレ」


 でも大金を払った分、効果は期待できそうだ。レビューもいい感じだし。


「……早速塗ってみるか。これ、別に鏡とかいらねーよな? 無色だし」


 オレは人生初のリップクリームを、ドキドキしながら唇に塗った。


「おお……なんかベタベタする。けど、嫌な感じはしねーな」


 これを使い続けていれば、ぷるぷるの唇が手に入るのだろうか?


「……わかんねーけど、使い続けてみるしかねぇよな。……高かったし」


 オレはリップクリームを眺めながら、さっきのキスを思い出した。途端、顔に血がのぼり、頬が火照りだす。


 何故かじっとしていることが出来なくて、枕を抱えて左右にゴロゴロと転がった。心臓がバクバクして、暑くないのに汗が滲んだ。


 大声で叫び出したい。誰かに話を聞いてもらいたい。


 胸の奥がむずむずとして、オレは自然とニヤける顔を何度も平手打ちした。


「たっ、たかがキス……くらいで、舞い上がってんじゃねーよ! オレにはまだ、『手をつなぐ』のと『ハグをする』ってミッションが残ってるんだからな!」


 気合を入れ直しても、何度も脳内でリプレイされる王路とのキスに、なんだかムラムラとした気持ちが湧き上がってきた。


 そしてオレは驚愕することになる。


 まさかと思って下半身を見ると、


「くっ、ク◯ラがたった……」


 オレは暫くの間呆然としたあと、いそいそとトイレに行き、すっきりした気分で部屋に戻ってきた。


 そして、爆速でスマホを操作し、さっきの現象について調べる。それで分かった事実。それは――


「オレ。王路とのキスに興奮して、やることやっちまった……」


 しかも、◯Vを観るよりも、具合が良かったのだ。――それが良いのか悪いのか、オレにはわからないけど。


 なんだか両親を裏切ってしまったような複雑な気分になったオレは、すっきりしたついでにシャワーを浴びに行った。そこで次の問題が発生する。


「……オレ、カリンチョリンじゃね?」


 1年以上もバスケを続けているので、筋肉質ではある。でも、どこからどう見ても細すぎる。


「こんな身体だったら、ハグした時に王路に笑われるかもしれん」


 そう思ったオレは、筋トレの量を増やし、プロテインを飲むようにした。


「よし! 目指せ、バキバキボディ!!」


 その日の夕食は喉を通らなくて、オレはドキドキしながら眠りについた。――緊張して寝れなかった。なーんてことはなく、ぐっすりと眠れてしまった自分の神経の図太さに感心する。


 起床時刻はまだ早朝の5時だが、自主練と朝練の為に、眠い目を擦ってベッドから降りた。


 欠伸をしながら階下に降りると、ちょうど弁当を作っていた母親に出くわした。


「かーちゃん、はよーっす」


「あら、環ちゃんおはよう! 環ちゃん、昨日お弁当も残して夕飯の作り置きも食べてなかったけど……どこか具合でも悪いの?」


 「別に。ちょっと腹下しただけ」と、適当に嘘をついて、冷蔵庫から取り出した豆乳を専用カップに入れ、プロテインの粉末を投入にしてシャカシャカ振りまくる。


 「……ならいいんだけど」と行ったかーちゃんが、茶色づくしの冷凍食品弁当から、唐揚げを退けようとしたのを咄嗟に止める。


「ど、どうしたの? 環ちゃん」


「その唐揚げはゼッテーいる。むしろ、数増やしといてほしい」


「ええっ? でも環ちゃん、お腹下したんでしょう? 今日は茶色弁当はやめようかと思ってたんだけど……」


「んーん。それでいい。ってか、そのままでいい。あ。唐揚げ多めにね!」


 そう言って、オレは朝食代わりのプロテインと1本のバナナを持って、筋トレをしに自室へ戻ったのだった。

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