親譲りでもない特殊能力で小供の時から損ばかりしている。
「ねぇ
「あ、すみません!」
・゚・魚
昔から、オレは「 」という文字を書いたり口に出したりすると、それが実体化して、本物の のように宙を舞う、という特殊能力を持っていた。
魚・゚・
まぁ、それだけならまだしも、オレの名前が 靑介だなんて世にも珍しい名前なので、テストの時や役所への提出の時、何度困ったか分からない。
これは特殊能力というよりは、呪いといった方がいいんじゃないだろうか。
まぁ、「親を恨むと 平」になる、ともいうし、今さらオレを産んだときにそれを知らなかった親に言ってもどうしようもない。
だから、いつかはこの名前も変えたいけれど、親元を離れるまではこのままと決めている。「淵に臨みて を羨むは退いて網を結ぶに如かず」ってやつだ。
「全く、それでテスト中どうしてるの?」
「名前はなるべく最初に書いてますね。
こう、わざと崩して書くと逃げ出さないんですよ。捕まえておくのにもコツがいるんです」
「大変だねぇ……」
あぁ、15年という長くもない人生だけれど、その事で苦労しなかった覚えがない。
でもそんななかでの唯一の幸せ、この能力のおかけで
有花さんはオレより4つ上の大学生で、近所の有名な大学に通っている。
オレとは親同士が知り合いで、今年高校受験なのに成績が絶望的なオレを見かねて、親が有花さんに勉強を見てくれるよう頼み込んだのだ。
心の中でこっそりと有花さんに憧れを抱くオレにとっては、まさに「 弱網で 京捕る」というやつだ。
「ちょっと、なにニヤニヤしてるの」
「え、いや、ごめんなさい……」 ・゚・魚
「ほら、ここ間違ってる。あとまたお魚逃げ出してるよ。
ていうか、よくこんな漢字書けるね、私でもぱっと答えられないよ」
そう言って彼女は、先ほどの編の逃げ出した漢字を指差した。
「『 毛』ですか? まぁ、僕にとって天敵漢字のひとつですからね。有花さんも、『 甾』と一緒に覚えちゃいましょう」
「はー、なるほどぉ、同じ読み方を……って、私のことはいいんだよ。
早くやっちゃいなさい、寝る時間なくなるよ」
ちっ、だめだったか。どうやら今勉強から逃げることは容易ではないらしい。まさに「まな板の上の 里」。
「でも君、すぐサボろうとするくせに、実は裏で真面目にやってるよね」
「え!? そそそ、そんなことないです────」
「あるよ。この前だって、志望校がB判定に上がったってお母さんから聞いたよ。お姉さん知ってるんだから」
それは、有花さんにいいところを見せたいというのと、試験が迫ってきて「 安 康の待ち食い」というわけには行かなくなってきたし、「 を争う者は濡る」のだと心を改めたからだ。
おかげで「 の木に登る如し」、「干潟の 弱」とまで言われた志望校の合格も少しだけ希望が見えてきたし、このまま「俎上の 江海に移る」と認められるだけのラインには到達したいところだった。
「でも、なんで隠してたの? 成績が上がったなら、ご両親の次に教えてくれてもいいくらいの権利はあるはずだけどなぁ」
「えっと────それは……」 ・゚・魚
それは、オレが有花さんのことが好きだからだ。
でも、オレは知っている。オレ自身は彼女に全く恋愛対象として見られていない。「及ばぬ 里の滝登り」もしくは「磯の 包の片思い」というやつだ。
だったらせめて、ここで少し正直になるくらい、許されるんじゃないだろうか。
「それは、成績が上がったら、有花さんがもう来てくれなくなるんじゃないかと思って……」
「へ? 私が?」
有花さんは、少しだけポカンとした顔をしたけれど、すぐに「あー」と納得した表情をした。
も、もしかしてオレの恋心が有花さんにバレてたのだろうか!?
だったらまさに「 の目に水見えず人の目に空見えず」、全くその素振りに気づかなかったのだけれど────
・゚・魚
「あー、なるほど。君私が来なくなって成績が下がるのが不安なんでしょ」
「へ!? いや、そういうことじゃ、なくてですね……」
「いいのいいの、君の受験が終わるまでは、私も付き合うつもりだから安心して!
もー、余計なこと心配しちゃって!! かわいいやつめー!」
そういって有花さんはオレの頭を羽交い締めにしてグリグリと頭に拳を突きつけてきた。
イタ、イタタタタタタタあっ、胸が────
「ゆ、
「あ、ごめんごめん」 ・゚・魚
もうちょっとあの最高の感覚を味わっていたかったけれど、どうやらオレの息の方が限界だったらしい。
「水清ければ 棲まず」というより、「池 の殃」とでも言おうか、空気を必要とする己のからだの構造が憎い。
いっそ にでもなれたらよかったのに、と思ってしまったのはオレにとってとても皮肉な話だった────
「あ、でもそれだけじゃモチベ続かないだろうし、合格したらご褒美が必要だよね。おねーさんが奢ってあげるよ。何が食べたい?」
「え、本当ですか!? えーっと、あ! お 旨がいいです!」
「贅沢だなぁ、まぁ考えておいてやるとしますか」
マジか、これは実質有花さんからのデートのお誘いじゃないか。しかもオレの大好きなお 旨を奢ってくれるという。
もしかして、「 心あれば水心」ともいうし、有花さんも、オレに気があるんじゃないのか!?
なら、チャンスは2人きりの今しかない!
「有花さん、実は────実はオレ……!」
「ん?」
・゚・魚
さぁ、勇気を出せ 靑介、いざ告白の時だ!
変な特殊能力をもって産まれたこの人生でも、良かったと言えるようになるんだ!
「水を得た のように」とは言わないでも、この悶々とした生活からおさらばするんだ!
魚・゚・
「ん? どうしたの鯖介君?」
「お、オレ! 実は! 有花さんに魸鰣も離れて欲しくないんです!」
ん────? あれ、オレ今なんて言った?
「え、なに? ごめん、魚が邪魔で全然聞こえなかった」
「だから、オレは鮪𩸽さんのこと鱫してます! オレの魯常と魜鮏には貴女が鮅要なんです!」
「え? え? わ、分かんない!」
畜鮏! まさに「網にかかった 」。
オレの言葉は、ここ一番であの憎き という文字に邪魔された。
「だから! オレと鮒き鮯ってください!!」
「んー? ごめんね、やっぱ分かんないや────ん?」
その時、有花さんのスマホが鳴った。
彼女は画面を見ながら、なぜか嬉しそうに微笑む。
「ごめん、彼氏から連絡来ちゃったから、また後で教えて!」
「瓢箪で 念をおさえる」ようだとも思ったのか、それだけ言うと有花さんは部屋から出ていってしまった。
魚・゚・
「うそ、だろ……彼氏いたのかよ……」
ダメだ、魦し鮴もう。鯛りにプカプカと浮かぶ たちに囲まれながら、オレはベッドへ鮲せる。
告鮊の自鮋もないなんて、まさに「大 を逸する」だな、と鰓ったのだった。
────鯇────