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第41話

 梅を見る会の準備は滞りなく進んでいる。

 いきなり準備を始めても何とかなるのね。芽衣は、ハーブの収穫を終えて、椅子と机の設営を頑張っている。お菓子もビックリするくらいたくさん買ってきてくれた。どうやら、大長秋様が融通を利かせてくれて、帝都の商人からお菓子を買いあさってくれたらしい。もう少し早めに声をかけておくべきだった。


 来年は、もっとちゃんとスケジュールをきちんとしないとね。

 そこで思わず笑ってしまう。あんなに無理やり嫁がされていたのに、私は来年もここにいることを普通だと考えているらしい。いつの間にか、自分の居場所になっていることに驚く。


 いつの間にか自分の考えが変わってしまっていた。ただ、耐えるだけのはずだったのに、ここでやりたいことができてしまった。


 でも、たしかに居心地が良い。皇帝陛下と大長秋様の二人は私にとって良き理解者だし、能力を認めてくれる人たちだ。女だからって不当に能力を差別しないし、一人の人間として扱ってくれる。異母兄にはできなかったことだ。


 お父様もいなくなった故郷は、もう帰る場所じゃなくなっている。もう、あの意地悪な異母兄夫婦を相手にしたくない。


「翠蓮様、そろそろ時間ですよ」

 芽衣に促されて、私は会場に向かった。


 すでに、梅蘭様たちも会場に来ていた。芽衣が手配していたらしい。おそろしいほどの人脈。芽衣も着実にこの後宮を自分の居場所にしてしまっている。彼女は、その話のうまさや人から信用される誠実さを医術に生かしているけれど、他の分野でも成功していたと思う。


 そもそも、芽衣は得意の医術を活かして、いろんな悩み相談もしているらしい。報酬は実費とお菓子をもらうとか。彼女のお菓子好きはすごいことになっている。今日は、都中の美味しいお菓子が集まっているから彼女にとっても天国ね。お菓子をもらって満足するというのも芽衣らしいわ。


「お招きありがとうございます、翠蓮様」

 梅蘭様は、優雅にお辞儀してくれた。


「前回はお招きいただいたので、今日は楽しんでもらえると嬉しいです」

 実際、芽衣もこの前のことを気にして声をかけたらしい。たしかに、あんなに歓迎してくれたから、こちらもお返しをしないと失礼よね。彼女に助けられてしまった。


「素敵な景色ね。お菓子も楽しみだわ」


「はい。大長秋様が選んでくれたようなので、味は保証できます」

 この後宮で皇帝陛下と皇太后さまを除けば、トップ4名のうちの半数がこの梅を見る会に参加している。事務方のトップである大長秋様もやってくる。かなり豪華な宴会になってしまった。


「今日は女官たちの慰労も兼ねているので、彼女たちも座ってお菓子を楽しませていただきますね」

 念のために、一応、許可を取る。彼女がそれを拒否するわけがないんだけどね。


「もちろんよ。私付きの女官たちも同じようにさせていただくわ。やはり素敵ね。あなたがこの後宮に新しい風を運んできてくれるわね。女官たちの慰労なんて発想が、私たちにはなかなか出てこない。でも、大切な事よね。みんな、今日は楽しんでね」

 よかった。芽衣たちもお菓子とお茶の配膳が終わったら、ゆっくりすることになっていた。


 先ほどの準備のおかげですぐに配膳も終わり、私たちは席についてお話をしながら、お茶会を始めた。梅の花は満開で、とても素敵な香りを運んできてくれる。


「大長秋様は少し遅れるそうなので、始めましょう」

 私が開会を宣言して、みんなが幸せそうな表情になっている。


 お菓子は、月餅やサンザシが用意されていた。こちらでは、月餅はお祝いの席などで贈答品になるのが普通らしいので、ちょうどいいわね。おめでたいお菓子を用意してくれた大長秋様に感謝する。


「この月餅、クルミが入っていて、香ばしくて美味しい‼」

 大きな声で芽衣が喜んでいる。会場がわっと笑いに包まれた。

 もう、芽衣ったら。こっちまで恥ずかしくなってしまうわ。でも、とても幸せそうにお菓子を食べる彼女を見ているだけで、こちらまで幸せになってしまう。


 私は、サンザシに手を伸ばす。

 サンザシは、こちらの冬の果物らしい。小さな赤い実のフルーツで、そのまま食べると酸っぱすぎるから、水あめをかけて食べるものらしい。どんなにすっぱいのかちょっとびくびくしていたけど、水あめのおかげでとてもバランスが良くて美味しかった。


 梅蘭様は上品にお茶を飲みながら、私に話しかけてくる。

「美しい梅ですね。私は後宮に来て長いのに、花を楽しむ余裕もなかった。あなたのおかげでこんな美しい場所に気づくことができたわ」


「私もみんなのおかげで余裕を持つことができていますが、最初はこの敵だらけだと思っていた後宮が怖かったんです」

 実際にえん罪事件に巻き込まれそうになったわけだし。あの事件をうまく解決できていなかったら、本当に処刑されかけていたことを思うと怖くなる。


「あなたみたいな優秀な女性でも、怖いことはあるんですね」

 梅蘭様はちょっとだけ驚く仕草を見せて言う。


「ありますよ。むしろ、怖いことだらけです。ここに来るまでに、たくさんの不安がありました」


「すごいなぁ。その不安や文化の違いなどを乗り越えて、あなたはこの後宮に居場所を作った。それだけじゃない。政治における皇帝陛下の側近というとてつもない地位までたぐりよせてしまった。私はあなたがそこに至るまでにどんなに努力をしたのかはわかりません。たぶん、故郷の国のために死に物狂いで努力をしたんだと思います。その努力が、こちらの国に来て花開いた。それは本当にすごいことですよ」

 梅蘭様は少しだけ悔しそうにそう言って笑った。




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