第40話
大長秋様と別れた後、私は昨日の分のメモをもって、司馬に会いに行った。
「今日の分よ」
「ああ、いつもありがとう」
最近、司馬の反応もかなり柔らかくなってきたわね。
彼は嬉しそうに、メモを読み込んでいく。私も自国のことを詳しく知ることができて、陛下との会話にも活用できるから、この勉強法は最高かもしれない。古い歴史を調べたら、先人たちがどうして失敗したのかがわかりやすく明示してくれているからね。失敗は成功のもと。でも、自分だけでできる失敗はたかがしれている。だから、過去の偉人たちですらおかしてしまった失敗は、本当に貴重な知識だ。その失敗の原因は、失敗に至るまでの経緯を理解して、その逆を行うことができるかどうかを想像する。それが成功への道じゃないかと思えてくる。
司馬の歴史好きにずいぶんと感化されているな。そう思って心の中で自虐する。私も彼にかなり影響を受けちゃっているな。
「なんだよ、にやにやしてさ」
「ううん。あなたのおかげで、歴史を深く知ることができて、自分も成長できているなって」
その言葉を聞いて、彼は嬉しそうに笑った。
「当たり前だろ。歴史は総合的な学問だ。政治や経済、文化や地形、気候などあらゆる知識を読み解かないと、正しい歴史は分からない」
言われてみればそうね。おかげで、陛下との会話もスムーズに行っているのかもしれない。
「ねぇ、司馬のおススメの歴史書教えてよ」
私は『史記』や『漢書』のさわりくらいしか歴史書を読んだことはない。さっきの解説を聞いて、もっと深く歴史を学びたいと思った。
「なら、この解説書がいいだろう。初心者向きのわかりやすい内容で、厚みも薄いから、名著の概要がすぐにわかるようになっている。これを知ったうえで、本編を読んだ方がわかりやすいし、挫折も減るよ」
いつもつんつんしている司馬にしては、かなり有効的な態度だった。ちょっと、野良猫がなついてくれたみたいで嬉しかった。
「ありがとう。少しずつ読んでみるわ」
「翠蓮のことだ。どうせ、すぐに読み切ってしまうだろ。君は僕と同じ匂いがする。知識欲の権化みたいな匂いがね」
そう言って笑いあう。
「ねぇ、司馬。今日の午後、私たちはお菓子とお茶を持ち寄って梅を見る会をするんだけど、あなたも良かったら一緒にどう?」
司馬も一応誘ってみる。どうせ、断られるとはわかっているんだけど。
「僕がそんな所に行くと思うかい?」
私は笑いながら首を横に振る。「言ってみただけ」と笑うと、向こうも苦笑していた。
「じゃあ、今度お菓子でも差し入れるわね」
「いや、いいよ。甘いものは苦手なんだ。差し入れてもらっても食べることはできないから」
そうなんだ、残念。でも、珍しいわね。甘いものが苦手って。もしかして、大酒飲み?
でも、陛下や大長秋様をはじめとして、意外と後宮の人たちってお酒よりも甘い物派の人が多い。
「なあ、翠蓮。この歴史書以外にも、いくつか本はもってきているんだろ?」
「ええ」
「他にも歴史書はあるのか?」
そう聞いてくる宦官は、とてもかわいらしかった。
「もちろん、まだあるわよ。心配しなくても、訳してあげるから大丈夫」
「そうか、それならいいんだけど」
まるで、ちょっとだけ心配だったとわかりやすく表明するかのように彼は嬉しそうな声色になっている。
まるで、もっと私に会いたいと言ってくれているみたいで、本当にうれしくなった。最初に出会ったときは、こんなに仲良くなれるか不安だったけど、司馬の歴史への情熱と才能はまさに圧巻。頼れる友達であり、仲間ね。
私は、「じゃあ、準備があるから行くわね」と言って、図書館をあとにした。