第34話
私は何とか用事を終わらせて、図書館に向かうことができた。最近は色んな用事が入るおかげで、顔を出せない日も増えてしまっている。そういう時は、幽霊を怖がる芽衣には悪いけど、彼女にお使いを頼んで、翻訳した歴史書のメモを渡すようにしている。芽衣は、彼とは一度も会えたことがないらしい。たぶん、幽霊が怖くて、メモを置いて逃げるように図書館をあとにするからだと思う。
司馬は、意外と奥の個室の本棚のところで探し物をしていることが多いから。むしろ、私たちは時間の指定をしなくてもほとんど会うことができている。だから、芽衣が暗い図書館を恐れて、よく探さないから会えないのだと思っている。
「おや、今日はきたのか」
司馬はいつものようにぶっきらぼうに言った。
「ええ、なんとか余裕ができたわ。はい、これ」
メモを渡すと、待っていたとばかりに、彼は上機嫌になる。
「はい、たしかに‼」
さっそく私のメモを読んでいく。それは本当にウキウキで楽しそうだ。
「私の侍女にも会えばいいのに」
何度かお使いを頼んだ芽衣は、最初に後宮で巻き込まれたえん罪事件のお礼をしたがっている。だから、怖くても何度も図書館に行ってくれるのだ。
「こんな肌も白い僕が、図書館の奥から出てきてみろ。若い女がかわいそうじゃないか。下手をすれば、驚いて気絶するぞ」
言わんことはよくわかる。それを想像して少し笑ってしまった。
「じゃあ、入口あたりで待っていればいいのに」
「いやだね。僕はそもそも感謝される筋合いもないんだ。僕は歴史書のために生きている。その侍女が感謝しているえん罪の件も、翠蓮からもらうメモが無くなるのを恐れて協力してやっただけだ。ただの共犯関係を維持するためのことにお礼なんて言う必要はないね」
相変わらず全部を否定するのね、この子は。
「すなおじゃないな」
私はそう言って苦笑すると、司馬はこちらの方をにらんで「なんだと」と怒っていた。
「そういえば、私はあなたに聞きたいことがあるの」
「なんだ? 早く歴史書を読みたいから簡潔に話せよ」
まったく、どれだけ歴史が好きなのかしらね。
「あなたは、禁書を読んでしまった罰で、宦官に落とされたのよね?」
もしかすると、トラウマがあるのかもしれない。だから、聞こうか悩んでいた。このチャンスを逃せば、もう聞けないかもしれないから、勇気を出した。
「ああ、そうだ」
「禁書ってどんな本なの?」
たぶん、歴史書だという確信はあった。問題はどんな歴史書なのか。禁書という扱いをされるくらいだから、よほどの内容だろう。
「詳しくは教えられないな。そうしたら、翠蓮まで処罰されかねない」
「あら、随分と優しいのね」
彼からそんな言葉が出るなんて、思わなかった。
「当たり前だ。そのせいで自分の人生を変えられているからな」
「それもそうね」
「だが、簡単になら教えてやるよ。その興味津々の顔を見たら、お前なら教えないと自分でたどり着きそうだし」
さすがに、禁書を後宮に持ち込んで、隠れて読むわけはないんだけどな。
「ありがとう」
司馬は、少し大きく手を動かして、説明を始めた。