第32話
私は昼間に起きたことを、翠蓮様に話す。翠蓮様は、毎晩行っている書き物の手を止めて、話を聞いてくれた。
「それで、芽衣は取り調べとか受けなかった。怪しまれていない?」
一番に私のことを心配して、確認してくれる。
「大丈夫です。自分の今日の一日の動きとかは聞かれましたけど、洗濯や水を運んでいるのはみんなが証言してくれましたし、そもそも私の足跡もなかったんですよ。彼女に駆け寄った時のものしか……それに凶器とも持っていませんでしたし」
最近は翠蓮様が陛下に気に入られているのがわかったおかげで、宦官たちも最初の事件のようなことは露骨にえん罪を書けたりすることは、できなくなっているみたい。正直に言えば、通報した時はまた疑われるんじゃないかと思ったけど……大長秋様まで出てきて、にらみを利かせてくれたから問題はなかった。
「もしかして幽霊ですかね。それとも、この前、翠蓮様に危害を加えようとした女の協力者とかで、琴は知ってはいけないことを知ってしまったとか?」
仲の良い友達が死にそうなったから、余計に心配になってしまった。
「可能性はゼロではないけど、低いわね。だって、あいつらにしてはやることがずさんだし、幽霊は、そもそも人に触ることはできるのかしら?」
そういわれると、私は何も言えなくなってしまった。
「もしかして、翠蓮様は何かわかっているんですか?」
私の長年の勘がそう言っていた。翠蓮様が、ここまで断定的に話をするときは、ほとんど結果がわかっているときだけ。
「ええ、だいたいね」
これだけの情報で全てにたどりついてしまった私の主の怖さに少しだけひく付きながら、教えて欲しいとお願いする。私の友達が傷つけられたんだ。それくらいは聞いておきたい。
「今回の件はあまり大事にしない方がいいと思うから、二人だけの秘密にしてね。これはあくまで私の推論だし。琴さんが目を覚まして話すことが唯一の真実。それで納得すると約束してくれる?」
「もちろんです」
翠蓮様に言われたことは、私はどんなことでも守る。幽霊が怖くても図書館に出向くことだってできるし、彼女の為なら毒をあおることだって躊躇しない覚悟ができている。
「なら、伝えるわね。今回の事件の犯人は、たぶん、宛さんよ」
「えっ⁉ だって、二人は親友じゃないですか」
「だからこそ、こじれることがあるかもしれないわ」
そういうものなのかと思った。翠蓮様は私に見えないものが見えているんだと思う。
「でも、どうやったんですか? 足跡を残さないで、彼女を襲うなんて」
翠蓮様は少し悲しそうに話を続けてくれる。
「まず、この事件は、その2階建ての長屋にいないと成立しないの。そして、ほとんどの下女さんは仕事をしている。だから、残っていた宛さんにしかそれができないのよ」
「でも、部屋で寝ているのにどうやって?」
「部屋で寝ているからこそ、できることがあるの。宛さんは体調が悪くて、寝ていたんでしょう?」
「はい、琴からはそう聞きました」
「なら、病人のために部屋に桶を持ち込んで、水をため込んでても変じゃないわよね」
「そうですね。歩けない彼女のために、近くの井戸からことが水を汲んで持って行ってあげたのかも」
まだ、よくわからなかった。自分の頭には疑問ばかりが浮かんでいる。水と桶と病人に何の関係が?? それを察してか、翠蓮様は続けてくれる。