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第30話

第30話


―翌日(芽衣視点)―


 結局、昨日は翠蓮様のお使いで図書館に行ったのだけど、目的の宦官には会えなかった。司馬光という人。その人は、私のえん罪事件の解決にも力を尽くしてくれた人だから、お礼も言いたかったのに残念。


 でも、図書館は怖かった。みんなが幽霊が出るかもしれないと脅すんだもん。ビクビクしながら、ほの暗い室内はやっぱり何かでそうだった。湿気か何かで木製の本棚がきしむ。その音で、何回悲鳴をあげかけたことかわからない。だから、私は逃げるように、その場を後にした。


 これは心が落ち着く薬草茶を飲むしかない。心臓がバクバクする。涙目で翡翠宮に帰って、私は同僚たちに慰められながら、皆でお茶を飲んだ。今日は、桜花さんも留守だったから、みんなゆったりしていた。ちゃんと仕事はするけど、リーダーがいないからお茶の時間を少し長くする。最初に来た時よりも、私たちは打ち解けていた。敵国のスパイじゃないかと、まだ疑う人はいるけど、少なくとも同僚たちはそんなことは言わない。今回も、涙目で帰ってきた私の頭をなでてくれる。


「よしよし、怖かったね」

「芽衣は医術のことになるとあんなに頼もしいのに、こういう時は本当に妹みたい」

「ほら、皆でお茶を飲もう。今日は頂き物の西洋菓子もあるのよ。ビスケットと金平糖、甘くておいしいからね」

 そんな感じでお姫様にでもなったみたいだ。

 そして、もらった西洋菓子は、点に届くくらい甘くておいしかった。一瞬で、さっきまでのつらい思い出を忘れてしまうくらいには。


「美味しい‼」

 私が喜ぶと、皆まで笑顔になってくれる。


「はい、いつも薬草茶をもらっているから、今回は私のとっておきよ。高いやつだから心して飲みなさい」

 一人の女官のとっておきのお茶は、綺麗な紅色で、とても良い香りがした。


「天竺のお茶よ。昔女官として勤めていた友達が、仕事を辞めた後、広東に嫁いでね。それでいろんな国の特産物を手に入れては、差し入れで送ってくれるのよ」

 広東。たしか、大順の海沿いにある貿易都市だ。昔から海上交通の要所として有名で、海外の珍しいものも普通に流通していると聞いたことがある。海外の医術書とか薬とかもあるのかな。珍しいお菓子とかも。ちょっと旅行してみたいな。


 天竺から伝わるお茶が、今自分の手元にあるのもすごい。天竺と言えば、『西遊記』。三蔵法師と孫悟空、それに猪八戒と沙悟浄だっけ? 翠蓮様に、こちらの言語を覚えるために一緒に読んで勉強したことがある。漢字を覚えるのは大変だったけど、楽しい物語のおかげですいすい覚えてしまった。自分もいつか冒険したいと思っていたら、まさか西月国から大順の後宮まで来ることになるとは。今も含めても大冒険の途中だ。


 家族は月に1度手紙を書いて送ってくれている。みんな、元気にやっているみたいだし、弟はもう少しでお父さんになるみたいだ。私も叔母さんか。生まれたら、赤ちゃんの似顔絵を描いて送ってもらうように伝えておいた。私も翠蓮様とずっとここに住むつもりだから会えないかもしれないけど、弟が元気にやっているなら本当に安心だ。


 翠蓮様からもたくさん援助をいただいてしまったから、弟が立派に育ってうれしい。ここに来る前に、お父さんのお墓に報告もしておいた。初孫のことも守ってくれるだろう。弟にも手紙で、きちんと墓参りを忘れてはいけないと釘をさしておく。


 次の便りが来るのが待ち遠しい。


「どうしたのよ、芽衣? ボーっとして」

 みんなが心配そうにこちらをのぞき込む。


「ああ、ごめん。お菓子とお茶が美味しくて、思わず故郷のことを思い出しちゃった」


「西月国のこと? あなたの国ってどういうところ?」


「そうだね。砂漠だらけで、皆は遊牧していて、人よりもラクダとか羊とか馬とか家畜の方が多いかな。水は貴重で、お花とかは宝石みたいに高値で取引されていて。でもね、いろんな国の商人が大順に行く途中で寄るから、珍しいものたくさんあるよ。それこそ、たぶん広東みたいに」

 さすがに船と家畜での輸送だと、船の方が簡単だから、もっといろんなものがあるはずだけどね。


「私って、西月国の人ってもっと怖い人ばかりだと思ってた」

「そうそう。常に剣を持っていて、怒ると振り回してくるみたいな」

「それってどんな怪物よ」と私は苦笑いする。たしかに、大順の人たちは、小さいころから悪いことをしたら、西月国のやつらにさらわれちゃうとか食べられちゃうとか言われて躾をされるみたいだから。恐怖の対象になっているみたいね。ようやく翡翠宮の人たちからそんな誤解は解けてきたんだけど……まだまだ、後宮全体では私たちを警戒している人がたくさんいるのも事実。


「でも、芽衣は優しいし、翠蓮様はキレイで頭もいいし、思った以上に普通の人で安心した」

 これは仲良くなった人たち、皆が口をそろえて言うことだ。私はもっとみんなに翠蓮様のことをよく知って欲しいし、西月国の人間は化け物じゃないと教えたい。だから、薬草畑を作ったり、いろんな女官さんの悩み相談を受けたりしている。ちょっとずつでもいいから変な誤解が無くなるように頑張っていきたい。


「でも、翠蓮様って、不思議だよね」

「うん。だって、あの幽霊が出る図書館に入り浸っているし」

「普通だったら、あんなに怖い場所に長くいられないよ」

 それは、さすがの私も擁護できなかった。私だってとても怖くて、お使いが無かったら行きたくないもん。


 でも、それだけ勇気があるってことだよね。私の仕える翠蓮様はすごい。だって、皇帝陛下と気兼ねなく朝に難しい議論をしている。あの様子を見ると、陛下の態度も最初よりもずっと柔らかくなってきているし、夫婦には見えないけど、友達のような気やすさみたいなものも感じる。翠蓮様の魅力が伝わるのは良いことだ。


 私もどんどん彼女の魅力を布教して行こう。そうすれば、私のお父さんみたいな悲劇もなくなるはず。2つの国がもっと仲良くなれば、悲しむ人は減るはずだもん。


 それが、私のもう一つの目標になっていた。もうすぐ、翠蓮様たちが帰ってくるだろうから、楽しい休憩時間も終わりだね。さあ、仕事、仕事。


 こんなことを考えて、私たちは仕事に戻っていった。



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