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第29話

第29話


―梅蘭視点―


 今日はずっと緊張していた。翠蓮様の持ってきてくれたお茶を夕食後に一口すする。さっぱりとして、緊張が解けていく。彼女を呼び出したのは、ただ世間話をするつもりだけだったのに、思わず話過ぎてしまった。でも、それは彼女がとても魅力的だったからだ。嫌な人だったら、自分の嫉妬心をおさえることはできなかったかもしれない。


「翠蓮様が嫌な人だったら良かったのに」

 とても理知的で、陛下が気に入ることも納得できる素敵な女性だった。突然、呼び出したにもかかわらず、こちらに気を遣って、お土産まで用意してくれた。私は人見知りにもかかわらず、彼女とは心の底からお話ができた。


 砂漠の女帝。

 もっと怖い人かと思った。陛下が気に入るくらいの女傑なら、冷徹で頭の回転が速い人だとばっかり。でも、彼女は違った。頭の回転や知識の量、すべてにおいて陛下に匹敵するくらい賢い人だったけれど、とても穏やかで温かい人だった。なるほど、陛下が気に入るのもよくわかる。まるで、あの人みたいだもの。


 陛下に妃が増えれば増えるほど、嫉妬する黒い心が私の中にはあった。決して、表には出さないようにしていたけれど。でも、陛下が他の妃になびくことはなかった。私は彼の特別であり続けた。でも、そんな自分でも容易に踏み込めない領域が確かに存在していた。花びらがゆっくり落ちるみたいに、私たちの関係は一切進まなかった。私は彼の心の傷を埋めることはできなかった。ずっとずっと、頑張ってきたのに。


 だから、翠蓮様の存在は、私にとってうらやましく、そして、希望でもあったのだ。彼女は私とは違った方法で、陛下を支えることができる唯一の人間だったから。彼女と陛下がどうなるか、わからないけど、陛下の心を救ってくれるなら、だれでもいい。


 私の実家は、西月国との和平に反対の立場にいる。だから、今回、翠蓮様に接触すること自体、問題があった。それでも、私は彼女と親しくなりたかった。国内のしがらみによって動けなくなることもない彼女なら、きっと……うまくいくはず。


 いつもは寝つきが悪いのに、薬草茶のおかげだろうか。今日はすぅっと眠くなる。久しぶりに心の底から誰かと向き合えた安心感もある。充足感に満たされながら、今日は早く眠ることができた。


 生涯の友を得ることができた喜びとともに。



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