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第28話

第28話


「すごいですね。私はそんなに深く他の人を愛したことなんてありません」

 本当に彼女は皇后の座にふさわしいと思う。でも、二人の間に子供はいない。長年、夫婦の関係でありながら。


「彼は誰も愛するつもりはないのよ。ずっと近くにいるからこそ、わかるわ。言葉にはしないけど、そう考えているのが伝わる」

 彼女はとても悲しい顔をした。


「……」

 新参者の私が踏み込んでいいのかわからない。だから、言葉にすることもできない。


「私にあなたみたいな才覚があれば、彼を助けることができるのに。私には、政治もわからないし、知識もない。だから、彼に寄り添うことしかできない。傷をすこしだけいやすことしかできない。それが歯がゆいのよ。あなたが、私だったら、彼は人を愛することができたはずなのに」

 陛下と接すると、どこかで他人と壁を作っていると感じていた。それが何かのトラウマから由来しているのだとうすうす察していた。


「私は、そんな大役を果たすことができるのですか」


「わからない。でも、あなたが一番近いところにいるのは確か。それがうらやましい。女としての私は、あなたに嫉妬している」

 痛々しいほど、彼女の気持ちが伝わってきた。


「でもね、妃としての自分。そして、陛下の友人としての私は……そうじゃないのよ」


「どういうことでしょうか?」


「やっと、彼と同じ目線に立つことができる人が現れたんだって。ずっと、男の人だと思っていたけど、まさか女の人だとは思わなかったけど。それでも、むしろ女性の方がいいと思った。そのほうがしっかりと彼に寄り添えるから。ごめんなさい、自分勝手なことを言っているとわかっているわ」

 それほどまでに、陛下を愛しているということ。権謀術数うずまく後宮にここまで純粋な気持ちがあることに驚く。


「陛下は、いったいどんなトラウマがあるのですか?」

 私の問いかけに彼女は首を横に振った。


「それは、あなたが陛下の口から聞いたほうがいいわ。あなたほど賢い人なら調べれば、わかると思うけど、我慢して欲しい。これは、あくまでもお願い。でも、陛下があなたにそれを話すとき、それはきっといい方向に進んでいるはずだから。それに、私の結論があなたたちの結論だとは思わない。むしろ、違う結論を見つけて欲しいとすらも思う。陛下のことをよろしくお願いします」

 頭を下げた彼女の美しい所作は、ほれぼれするほどだった。

 私は頷くことしかできなかった。


「あと、もうひとつお願いがあるの。友達になってくれませんか、私と」

 そのお願いに、私は力強く頷いた。この後宮に来てから、初めてできた同性の友達ができた。


 ※


 私たちは、宝玉宮を出て、来た道を戻る。

「すごい人だったわね」と私が素直に感想を漏らすと、桜花さんの「はい」という言葉が返ってきた。本当にすごい女性だった。嫉妬という乗り越えることが難しい感情も乗り越えていた。彼女の陛下に対する愛は、本物だ。


 彼女に陛下のことを託されたのに、私にそんな資格があるのだろうかと疑問に思ってしまう。ゆっくりと日が傾きはじめて、一日は終わりを告げようとしていた。


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