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第27話

第27話


「翠蓮様。遅れたなどとんでもない。あなたは西月国の王の娘。砂漠の女帝という評判は、政治がわからない私の方にまで届いております。私はいくら建国の功臣の家とはいえ、格ではあなた様のほうが上でしょう。本来ならば、私が出向くべきところなのですが……」


「いえ、私はあくまで新参者ですし……こうして出向くことが、本来の習わしだと思います」

 もし、四妃筆頭の梅蘭様を呼びつけるようなことがあったら、あとで周囲からはどんなことを言われるかもわからない。ただでさえ、敵だらけなのだ。それをわかったうえで、彼女は私を呼んでくれたのだろう。一瞬で彼女の魅力にほだされかけている自分がいた。


「よかった。もし、気に障ったらどうしようかと思っていたんです。お茶を飲みながらゆっくりお話をしましょう。今日は親睦会を兼ねているんですから」

 本当におしゃべりをしたかっただけなのか。少しずつ私の緊張感が溶けていく。


「であれば、こちらをどうぞ。私の侍女が作りました、ミント茶です。緊張感を解く効果がある薬草茶で、安眠効果もあります。すっきりした味ですので、食後に飲んでも楽しめるはずです」


「わざわざ、お土産まで。いただきます。たまに、眠れない日があるから、こういうお茶はありがたいわ。芽衣さんといったかしら。薬や医術に精通した侍女さんがいるって聞いているわ。彼女が作ったの?」


「はい、そうです」

 芽衣はえん罪事件を解決した一軒以来、有名人になっているとはいえ、知ってくれているとは。芽衣はたまに、女官たちの悩みを聞いて、色々助けているとも聞く。不眠や食欲減退に効く薬草茶を作って配っているとも。


でも、さすがに彼女には専属の医師がつく。だから、接触する機会などないはずで、柔和な笑顔の下に、しっかりとした力を持っていることがわかる。情報はかなりしっかり集めているのだと。

「彼女の薬草茶はよく効くって評判よ。私の女官たちもたまに相談しているらしいし」

目配せして、一人の女官にお茶を預ける。彼女は、調理部屋に向かっていった。無駄のない完璧な動きだった。


「ありがとうございます。芽衣にも伝えれば喜ぶはずです」


「そうね、是非とも伝えて」

 私の侍女までこんなに気をかけてくれるなんて……ここまでされてしまえば、感動するだろう。彼女の人徳というものだろうか。桜花に聞いていた彼女の評判が高いのもうなずける。人たらしね、天然かどうかはわからないけど。


 すぐにお茶とお菓子が運ばれてきた。すっきりとしたミントの香りが鼻腔をくすぐる。

「さあ、食べましょう。今回は西月国のことを教えて。私は生まれてから、お父様の領地と王都と後宮。この三カ所しか行ったことがないから、翠蓮様の国がどんな所か気になるわ」

 本当に当たり障りのない会話が始まる。


「私の国は、ほとんどが砂漠に囲まれています。ですので、オアシスの近くでしか食料は生産できないんです」


「本当にそんなところがあるのね。この王都は緑豊かな場所だから信じられない」


「ええ、この庭園にある素敵なお花も、私の国にもっていけば宝石と同じくらいの価値になります。西洋からチューリップの押し花が伝わった時は、父上に献上されたくらいで」

 数年前、西洋の国の名産品であるチューリップが、イスラムの王国経由で西月国にもたらされた。やはり、水不足で球根を育てることはできなかったけど、押し花はとてもかわいらしかった。イスラムの国では、チューリップが大流行しているとも聞く。


「チューリップ?」

 そうか、まだ大順では一般的ではないんだ。


「こういうお花ですよ。この花は、赤や黄色など色鮮やかでとってもかわいいんです」

 私は、落ちていた石を使って、地面にチューリップの絵を描く。女官たちは少し驚いていたけど、梅蘭様は満面の笑みを浮かべている。ちょっと、大胆なことをしてしまっているとわかってはいたけど、目の前の彼女を喜ばせたかった。


「すごいわ。こんな素敵なお花見たことない」


「でも、こんなにかわいいお花でも毒があるんです。かわいいからって、食べてしまうと心臓に悪いので注意してください。まあ、これも芽衣から聞いたことなんですけどね」


「ふふ、まるで、女の子みたいね。かわいいければ、毒がある」

 あの柔らかい笑みに少し妖艶さが表れる。ゾクっとするくらい美しい笑顔だった。


「梅蘭様にも、そのような毒があるのですか?」

 私はできる限り冗談のように確認する。


「私も後宮で生きる女の一人よ。自分で自分のことを守れなければ、すぐにやられてしまうわ。それは、翠蓮様。あなたもでしょう。たぶん、チューリップも同じね。動物から食べられないように、毒を持つようになった。賢いお花なのね、あなたのように」

 彼女も冗談のように返してくれた。彼女の美しさや優しさも自分を守るように使っている。そう取ることもできる。私が知識や推論で自分を守っているように。


「私たちは、似ているのかもしれませんね」


「ええ、私もちょっとそう思っていたところよ。私がこういう生き方しかできないように、あなたもそういう生き方しかできない」

 いきなり深い話になってしまった。


「でも、私よりも梅蘭様の方がすごいです。あなたはどんな人も幸せにしてしまうような魅力があります。でも、私は自分を守ることで、誰かを傷つけてばかり。ここに来てから、自分の限界のようなものを感じています」

 思わず本音を漏らしていた。


「隣の芝生は青く見えるということね。私は、あなたがうらやましいもの」

 ここからは、お互いに腹を割って話そう。そう言われている気がした。


「私がうらやましいんですか?」


「ええ、あなたのような才能や知識があれば、私は陛下の力に成れたのになって思うんだ」

 先ほどまで以上に砕けた口調に変わっていた。


「陛下のことを愛しているんですね」

 彼女は顔を赤らめてこくんと頷く。


「愛しているわ。小さなころからずっと、彼を愛している」

 二人の関係の深さがその言葉からにじみでていた。


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