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第26話

第26話


 私と桜花は、急いで梅蘭様のもとへと向かった。思った以上に準備に時間がかかってしまう。同じ四妃の一人とはいえ、向こうは陛下の最初の妻なのだ。格上だと考えていた方がいい。この後宮に入ってから、いろいろと嫌がらせをされてきたが、梅蘭様がどっちに転ぶかはわからない。ただでさえ、私は最近陛下の朝食に一緒させていただくことが多いので、不評を買っているのかもしれない。そう思うと、少しだけ気が重くなってしまう。


 司馬光には、「突然の予定が入って、図書館に行けなくなってしまった」の旨を芽衣に伝えてもらうことにした。もし会えなかった場合も考えて、置手紙を置いてきてもらうことにした。ちゃんと、今日の分の翻訳は一緒に添えてある。


「桜花さん、梅蘭様ってどんな人?」

 彼女は幼少期より後宮に仕えているベテラン女官なので、そういった情報には詳しい。


「そうですね。女官の間では、評判はとてもいいです。優しくて気品があって、それでいて女官の些細なミスも笑って許してくれると聞き及んでいますね」


「あなたは実際にお仕えしたことはあるの?」


「いえ、何度かお見かけしたことがあるくらいで、実際にお仕えしたことはありません。梅蘭様の身の回りの世話は、彼女の幼少期から仕えている侍女の方々が行っているのです。梅蘭様の家は、建国の最大の功労者が興したものですので、そういった特権も認められているのです」

 なるほど、大貴族の家柄。普通ならワガママに育つ環境なのに、それでいて気性は穏やかで、慈悲が深い。物語に出てくるお姫様みたいね。私も姫ではあったけど、西月国は実力を重んじる国だから、かなり厳しく育てられてきた。それを恨めしく思ったこともあったけど、今では感謝しているわ。だって、あの教育がなければ、この後宮で生き残るなんて無理だったもの。


「ちなみに陛下との関係は?」

 その質問には少しだけ困ったような顔をしていた。


「陛下とは幼少期より婚約をしていたと聞いております。陛下とはご学友で、幼少期から頻繁に顔を合わせていたはずです。そして、ほとんど妃さまのもとに顔を出さない陛下が、唯一、梅蘭様のもとには決まった日にお会いになっていると」

 あの堅物な陛下がそこまで気を遣う妃だと考えるべきか。それとも、唯一気の許せる幼馴染と考えるべきか。私は実際に会わないととわからない問題を頭に浮かべる。どうもこういう思考法が癖になってしまっている。こんな敵だらけの後宮にいるから仕方がないとは思うが、それでも肩の力が抜けない。もし、噂通りお優しい方だとしたら、今回の面会の申し込みはどんな意味が込められているのか。実際にあいさつしていなかったことと、一見すれば経過の寵愛を受けているように見える私への警告か。そうなれば、大変な相手を敵に回してしまったと思う。相手は、国内最大の貴族の娘であり、四妃筆頭なのだから。最も皇后に近い女性。やっぱり、憂うつだ。意図がわからない面会は……


 梅蘭様に与えられた宝玉宮に、私たちはたどり着いた。さすがは四妃筆頭の彼女に与えられただけあって、豪華絢爛な造りをしている。まるで、王が住む家ね。私が住んでいる翡翠宮も豪華だが、ここはそれ以上に大きい。陛下の執務室からも近く、それだけ優遇されていることがわかる。


「わざわざ、ご足労おかけし申し訳ございません、翠蓮様」

 先ほど使者として来てくれた女官さんが、門の前で待っていてくれた。

 後ろには数人の女官たちが立っており、こちらに頭を下げる。とりあえず、歓迎はしてくれているみたいで、少しだけ安心する。でも、警戒は解いてはいけない。


「いえ、お呼びいただき光栄です。梅蘭様は?」とこちらも礼節を持って対応する。いくら女官たちとはいえ、四妃筆頭の側近たちだ。見下すことなんてできるわけがない。どこに魔物がいるのかわからないからだ。


「奥で待っております」


「それでは、ご案内をお願い致します」

 女官たちは、丁寧にお辞儀をした後で、私たちを中に案内する。少し歩いた後、中庭に出た。その庭には美しい花が植えられた庭園があり、椅子と机が用意されていた。その椅子には、美しい赤い服を着た柔和な笑みを浮かべる美女が待っていた。まるで、周囲まで明るくしてしまうような素敵な笑顔を見せる女性に、同性ながら思わず見とれてしまった。


 それにしても、美しい庭園だ。私たちの翡翠宮の中庭は、芽衣によって薬草園となりつつあり、エキゾチックなハーブの香りが漂っているが、こちらは本当に女性らしいというか、優しさにあふれていた。


「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」

 私が緊張で動けなくなってしまったとでも思ったのだろうか。彼女は、ふんわりとした口調で私を呼び寄せる。


「お初にお目にかかります、翠蓮と申します。ご挨拶が遅れて、失礼しました」

 私はようやくきちんと挨拶して、彼女のもとに歩き出す。

 梅蘭様、私たちを優しく出迎えてくれた。



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