第19話
―皇帝視点―
翡翠の宮の外で、大長秋が出てくるのを待っていた。
「これは陛下。この寒い外で、わざわざお待ちいただかなくても、出向きますのに」
そう父親代わりの大宦官は笑っている。
「翠蓮は何を?」
「陛下なら言わずともわかるでしょう。同じ言葉でしたよ、あなたと」
さきほど、大長秋からは辞意を相談された。ここで大側近を失うわけにはいかないから、あわてて慰留した。それに、それは翠蓮の意思にも反している。だが、大長秋はそれにも納得せずに、かたくなに辞表を戻さないから、翠蓮と話して来いと思わず言ってしまった。
「なら、決心は変わったな」
「ここで一度死んだと思って、あなたさまたちに仕えましょう。思わず、陛下以外にはじめて自分の身内の話をしてしまいましたよ。まったく、まだこの年寄りを使うつもりですか」
「老け込むにはまだ早いだろう」
そして、二人で笑う。
「陛下も陛下ですよ。まさか、自分から狙撃するなんて思いもしませんでした」
「仕方がなかったんだよ。宦官の兵士たちは実戦経験がないから、暗殺者に簡単にいなされてしまっていた。このままでは、四妃のひとりが敵の手に落ちてしまう。そして、私が一番弓がうまい。この条件で逃げるなら、皇帝などやるわけがないだろう」
「まことにご立派なお考えですね。さすがは陛下だ」
「からかうな」
「からかっているつもりはありませんよ。あなたの正義感に感動しただけで」
こいつは、いつもこんな調子だ。
「大長秋、明日の朝食も翠蓮と一緒にできるか」
「それは翠蓮様の体調次第ですね」
「もちろん、それは向こうの身体を優先して欲しい。可能ならば、だ」
言っていて気恥ずかしくなるが、今回も謝罪は必要だろう。しっかり、護衛をつけていたはずだったのに、護衛は彼女を守ることはできなかった。管理責任はきちんととらねばな。
「陛下ほど、責任感が強い皇帝はおりませんな」
なにをしようとしているか、大長秋はすぐにわかったようだ。
やはり、翠蓮は信用できる。妃ではなく、官僚や軍人の部下として欲しかった。そうすれば、一軍を任せることも可能だったろうに。いや、どこかの省の尚書として大権を任せても優秀な行政官になっただろうに。
「惜しい女だ」
「いえ、陛下。翠蓮様が男性だったら、間違いなく西月国の族長になっていたはずです。そうなれば、あなたのもとにはやってこなかった」
まるで、心を読むかのように、短い言葉でこちらが何を言いたいのか、察せられてしまう。これは付き合いが長い弊害だな。
「あと、陛下。翠蓮様宛に、歴史書の納入がありました。特に、おかしなものでもありませんので、明日にでもお渡しさせていただきます」
「ああ、ずいぶんと彼女は甘いな」
「それはそうですよ。同士ですから」
「ふん。しかし、あの女も歴史が好きなのか。めぐりあわせとは面白いな」
「同じ本を用意しておきましょうか?」
「ああ、頼むよ」
ここでは素直に厚意に甘えよう。
こうして、激動の夜が過ぎていった。