「それでは、賢妃様。あなたの言い分を聞きましょう」
大長秋様も合流して、調査役の宦官がぎろりと鋭い眼光をこちらに向けてくる。
「芽衣は、私と幼い時から気心が知れている仲です。皇帝陛下の毒殺に関与するわけがありません」
もちろん、こんないいわけで逃げ切れるはずがないことは分かっている。
「しかし、それでは証拠が弱い。だいたい、彼女は医官の父を持つ。毒についても詳しいのは何の不思議でもない。彼女が善良だからとはいえ、西月国の思惑もあるでしょう。この機会に、優秀な陛下を暗殺し、混乱に乗じて、領土を拡張する。賢妃様もその工作を行いに後宮に来たのかもしれません」
当たり前の嫌疑だろう。
「心外です。我々は、あくまでも両国の平和と友好のために……」
「では、どうして、あなたの侍女の荷物から毒があったのでしょうか。それも使いやすいように粉末状で、荷物の底に隠されていました。それが大きな証拠です」
でも、司馬のおかげでひとつの勝ち筋のようなものが見えていた。私はそれを手繰り寄せる。
「では、確認します。芽衣の荷物から発見された毒と料理に仕込まれていた毒は同じものなのでしょうか?」
宦官は、屁理屈をとばかりに首を横に振る。
「そもそも、後宮の荷物検査は何度も行われます。違う種類の毒が同時に持ち込まれるなんて、合理的に考えられない。同じものだと考えるのが普通でしょう。だいたい、毒が同じかどうかなんて、調べることができないじゃないか」
一瞬動揺を感じられた。だからこそ、ここを責めるべきだろう。
「いえ、もしかしたら同一かどうかわかるかもしれません。可能であれば、毒が混入した食材をこちらに持ってきてくださることはできませんか。空きの銀容器も」
宦官は抵抗しようとしたものの、大長秋様が「すぐに準備しなさい」と言われて、駆け足で準備に向かう。
※
宦官が持ってきた食材が乗っていた銀の食器は黒く変色していた。銀の食器は、毒をつかった暗殺対策用。毒が混入すれば、変色して危機を教えてくれる。これは常識だ。でも、例外はある。司馬から貸してもらった西洋の歴史書には、とある強力な領主が用心をしていたにもかかわらず、毒によって暗殺された歴史が書かれていた。彼は用心深く銀の皿を常に使っていたにもかかわらずだ。
つまり、この判別方法には限界がある。
今回ももしかしたら……
私は、銀の食器に芽衣の荷物から見つかった毒の粉を少量振りかける。普通の毒なら徐々に黒ずみができるはずだが……
「変色しないだと⁉」
調査役の宦官は、驚きの声を上げた。
「これで料理に混入された毒物と芽衣の荷物から発見されたものは別のものだと判明しました」
場の雰囲気がこちらに流れてきているように感じる。
「我々はハメられたのです。正確な容疑者を特定するためにも、大長秋様にはすべての妃と女官及び宦官に対する荷物の検査が必要だと提言します」
私の提案に、毒とは言わなくても、やましいものがある女たちは動揺しているのがわかった。
その動揺によって、触発されたのか、昼間の彼女が突然、大きな声を上げて乱入してきた。
「おかしいですわ。だって、毒が違ったからって、容疑が外れるわけがないじゃないですか」
もっともらしいことを言って、こちらに食って掛かる。
「そうね。でも、もうひとつ理由があるのよ。銀の食器は、砒霜(ひそ)という毒物にしか反応しないらしいわ。でも、今回、芽衣の部屋に仕掛けてあった毒物は、別のもの。ねぇ、この毒物はなんていう植物のものか、特定できているの?」
そう言われるとバツが悪そうに宦官は弱い口調で「現在、調査中です」と言っていた。
大長秋様が、上司として彼を叱責する。
「まずは、そちらを特定することに専念するべきではないかね?」
あまりの圧に、彼は何も言えなくなり、真っ青になる。
「あ、あの私の荷物から見つかった毒を詳しく見せてはくださいませんか」
芽衣が突然、手を挙げてそう志願する。彼女も医官の娘。ここで一方的に疑われるのは嫌なのだろう。
「この形状の粉末ということであれば、おそらく植物系の毒でしょうね。銀の食器を変色させる砒霜(ひそ)は、鉱物なのでここまでサラサラにはならない。何か根っこのようなものをすりつぶしたのか」
芽衣は、いつもの子供の様に朗らかさを捨てて、完全に医官の顔になっていた。
彼女は少量の毒を指ですくい自分の口に運んだ。すぐに、拒絶反応が発生したのか、吐き出す。
「何をしているの⁉」
私が慌てて、芽衣に近づいて、水を渡した。
「申し訳ございません。毒の種類を確かめるために、こうするしか他になく。この症状は水仙の可能性が高いと思います」
その報告に大長秋様が目をぱちくりとさせた。
「水仙とは毒なのか? そこら中に生えている花だろう?」
「ええ、大順ではそうでしょうね。きれいな花ですが、使い方によっては毒になります」
そこで思い出した。司馬が教えてくれた2冊目の本のことを。その本には、古来の伝承がまとめられていた。
水仙の名前の由来もそこに書かれていた。
そうか。そういうことか。
芽衣はすぐに医官室に運ばれていった。
「大丈夫です。これくらいなら問題ありませんから。翠蓮様。どうか、私たちの無罪を証明してください」
「わかったわ。あなたのためにも、必ず潔白を証明する。絶対に」
彼女の手を優しく包み笑いかけると、芽衣は安心したようにうなずいた。