第7話
「どういうこと?」
夕食時に武器を持った宦官が、私たちのところに押しかけてきた。理由を問いただすと、先頭の宦官が口を開いた。
「さきほど、皇帝陛下の食事に毒が盛られる事件が発生しました。毒見役が口をつける前に、銀食器が変色したことで判明したのですが、今回の件でこちらに調査を行わせていただきます」
「他の妃にも同じようにしているの?」
「いえ、匿名の通報がありまして。賢妃様に怪しい動きがあると。念のためですが、ご協力ください。それに賢妃様には、祖国から連れてきた薬師がいると聞きます。彼女ならそれができるでしょう」
その発言を聞いて、芽衣が叫ぶ。
「私は人に危害を加える薬なんて作りません。そんなこと言いがかりです」
必死に否定する芽衣が痛々しい。
だが、これ以上抵抗すれば、武器を持った宦官になにをされるかわからない。
「落ち着いて、調べればすぐにわかることよ」
芽衣にそう言って落ち着かせて、私たちは調査を受け入れる。
もちろん拒否権などはなく、荷物を中心に検査が行われることになった。私たちはほとんど利用者がいない図書館に誘導されて、閉じ込められた。
芽衣が本当に心配そうに震えていた。顔色も悪い。私は優しく頭をなでる。
「ごめんね、私についてきてもらったばかりに」
「いえ、違うんです。これは怖いとかじゃなくて」
慌てて否定しようとする彼女は、まだ震え続けている。
私は気分を落ち着かせるために、奥にある歴史書のコーナーに向かう。いるはずがない友人の残像を求めていたのかもしれない。
「こっちだ」
少年の声が聞こえた。
司馬だった。
「どうして、ここに?」
「あんたたちが危ないと聞いて、忍び込んだ。ここは、僕の庭のようなものだから。簡単に入ることができる。まったく、言わんこっちゃない。昼に注意したら、夜にこんな大事件だ」
私は少しだけ申し訳ない気持ちになって「ごめんなさい」と謝る。
「謝る必要はない。あんたたちがやったわけじゃないんだろう?」
「それはもちろんよ。私がこんなことをすれば、やっと和平が成立した両国間にひびができるだけでは済まされない。そんなことは望んでいない」
「だろうな。こんな浅はかな陰謀をする器じゃないことは分かっているんだ。まったく、君がいないと歴史書の続きが読めないじゃないか。僕はそれが困る」
本当に失礼な宦官だなと苦笑してしまう。だが、自分の気持ちに素直なことは悪いことでもない。そういう人間は信用できる。
「なら、助けてくれない?」
「もとよりそのつもりだよ。僕は表立って協力できないけど、この本を読んでおくといい。君ならこの知識を身に着ければ、簡単に対処できるだろう」
渡されたのは、古代王朝の歴史書だ。
「わかった。でも、完全に手を貸してはくれないのね」
「今後もこんな嫌がらせや陰謀は日常茶飯事だろう。ここは自分の実力で乗り切るべきでしょ。僕は、子供に魚の釣ってあげるのではなく、釣り方を教えてあげる派なんだよ」
「あら、優しいわね」
「じゃあ、健闘を祈る。ここからは君の頑張り次第だ。無事だったら、明日の朝にまた会おう」
「そうね、再会を楽しみにしているわ」
私は唯一の味方ともいえる宦官に対して、虚勢を張る。信じてくれている彼を裏切らないように。
※
それから1時間後。私が必死で本の内容を頭に叩き込んでいたところ、先ほどの宦官たちがやってきた。
貸してもらった2冊の本は、西洋の歴史書と漢語の故事がまとめられていた。
注目したのは水仙の説明箇所だ。思わず美しい花で見とれてしまった。あいにく砂漠地帯に住む我々からすれば、花というのは貴重品で、族長クラスですらなかなか見ることができない。そういう花というものは、煎じて薬になったりもするが、高価でほとんど市場にはでまわらないものだ。
水仙は、「「水辺に咲いて、仙人のように長寿で、清らかな花」という意味があるらしい。この美しい花がたくさん咲いている場所を見てみたい。そう思わず考えてしまった。
すると、図書館の戸が開いた。宦官が複数人でやってくる。
「賢妃様、残念ながら、あなたが連れてきたそちらの芽衣という女官が外から持ってきた手荷物から毒物が発見されました。詳しく、話を聞かせてもらいますぞ」
芽衣は、一瞬にして顔が真っ白になっている。彼女がそんなことをするわけがない。そう思っているのは、どうやら私だけだ。芽衣は恐怖で震えながら、
「知らない、知りません。信じてください」と絶叫のような悲鳴を上げている。
そうだろう。この場合の取り調べは、拷問が伴う。つまりは、自白を強要されて、死を待つだけの身になることに等しい。私の忠臣にそんな酷い目に合わせるわけにはいかない。
「お待ちください。今回の件について、私は疑問に思うことがあるのです。できれば、大長秋様もご一緒に話を聞いてください」
私が連れていかれそうになっていた芽衣をかばい、宦官の前に立ちふさがる。
「しかし、それは……」
「これは、私たちの問題だけですみません。大順国と西月国の両国間の問題にもなるのですよ。慎重を期すべき問題です」
私がそう強く主張すると、宦官たちは気後れしたのか「わかった」と認めてくれた。
ここから一世一代の大立ち回りをしなくてはいけないかと思うと、身体がこわばっていくのを感じる。でも、この伏魔殿で自分を守るためには……
ここで戦うしかない。だって、芽衣は自分の将来を捨てて、私についてきてくれたんだ。そんな忠臣をないがしろにして、私が幸せになれるわけがない。
「芽衣、私はあなたの無罪を証明して見せるわ。だから、協力して」
彼女は涙を浮かべながら、「翠蓮様」と抱き着いてくる。彼女の小さな体は恐怖で小刻みに震えている。こんなはかない女の子に拷問なんて絶対に許さない。芽衣がこんな陰謀に加担するわけがない。だから、私たちをこんなことに巻き込んだやつを許さない。
※
―?視点―
「ふん、これであの女は孤立する。むしろ、賢妃の立場も怪しいはずよね。許さない。あの女だけは絶対に許さない」