第6話
「はい、これが約束のもの」
「ありがとう。さっそく、確認させてもらうよ:
なんとか1節を漢語に訳したものを、受け取りすぐに没頭しながら文を読み始めた。
彼は完全に本の虫となっていて、私は適当に今日読むための本を見繕っていた。
「おもしろかった。まさか、本物にこう書かれているとは」
「そう、お役に立ててよかったわ」
「これはもらってもいいのか。できることなら、こちらで注釈本を作りたい」
「いいわね。あなたなら原本よりもいいものが作れるんじゃないの」
そう言うと、彼は少年の様に笑う。
やっと年相応な表情を見ることができた。
「しかし、大丈夫なのか?」
彼はやっと顔を上げて、こちらを見つめる。
「なにが?」
「あなたにあんまりいい評判を聞かない。やはり、敵国の姫君という出自が悪い方向に作用しているんだろうな。このままでは、陰謀に巻き込まれる可能性もあるぞ」
「じゃあ、私はどうすればいいの?」
正直に言えば、どうしようもないだろう。あんな悪評を払しょくできるわけがない。
「用心はしておいた方がいい。どこに敵がいるのかもわからないんだからさ」
「うん、ありがとう。そうする」
周囲が敵だらけだけど、この時間は私にはかけがえのないものになってきていた。
それだけは感謝してもしきれない。
「やはり、皇帝陛下は会いに来ないのか?」
宦官は、複雑な表情で確認してくる。
「ええ、最初に顔を合わせてから、一度も会っていないわ。どうして、私を嫁がせたのかわからないくらい。まぁ、政治的には大きな意味があったんだろうけどさ」
「……」
少しだけいたたまれなくなって、「じゃあ、きょうはこれくらいで」と逃げるようにその場を離れた。
「あら、こんなかび臭いところに一人でいたのね。賢妃様の名が廃るわね」
図書館を出た際に、ひとりの女性と出会った。後ろには、何人もの女官たちを従えている。
たしか、九嬪の一人だったわね。昭儀という立場の女性。国内の名門貴族出身の女性で、私の縁談がなければ、彼女が賢妃になっていたと言われている。それを考えれば、嫉妬されるのも納得だし、文句の一つくらい言いたくもなるだろう。
「ええ、賢妃と名前だけの女になりたくないので」
こちらも嫌味で返したら、彼女は顔を真っ赤にして怒り出した。
「ふん、蛮族の姫の分際で、生意気なことを。あんたなんて、政治的な利用価値がなければ、すぐに殺されるか追放されるのよ。いつまでも、調子に乗らないことね」
「ええ、ご忠告ありがとう」
「今に見ていなさい。あなたみたいな女に、この神聖な後宮で大きな顔をさせるわけにはいかないのだから」
あまりに強い非難を受けて、何か言い返そうとも思ったけど、彼女はすぐにどこかに行ってしまった。なんとなく、悪い予感がした。ここまで露骨に悪意にさらされたからだろうか。
今日は早く寝よう。そう決めたのに、それすら許されなかった。
悪い予感というのはよく当たるものだ。
その夜のことだ、事態が急激に動いたのは。
皇帝陛下毒殺未遂事件が発生したのだ。