第1話
「
異母兄は、短い茶髪を揺らしながら、自信満々にそう告げる。顔にはかつての戦闘で敗北した影響でついた傷が痛々しげにろうそくの光に照らされている。
父の葬儀から数日後。悲しみも癒えないうちに、私は、族長を引き継いだ兄に呼ばれて、急に宣告された。奥では義姉の悪趣味な笑顔が見える。それはまるで、物語の魔女の様に見えた。なるほど、そういうことか。血がつながらない兄妹だから、仲は良くなかったけど、まさか、ここまでの仕打ちを受けるなんてね。邪魔な異母妹をこのタイミングで排除しようとしている。私の直感がそう言っていた。
「お言葉ですが、私が現在進めている、オアシスの計画はどうなるのでしょうか」
たしかに、長年の対立国である順の皇帝との政略結婚は、大きな意味がある。でも、このオアシスの計画は、父上の肝いりで進められてきた大きなものだった。我々遊牧民の領土は、農業に向かずに、牧畜や商業を発展させなければ生きてはいけない。だから、オアシスを都市化し、交通路を整備、ターバンに対して有利な税制度を整える準備がひそかに進行していた。その担当者が、亡き族長の一人娘の私だった。目の前の兄は、その決定に対して、日ごろから不満を貯めていた。彼は、族長の後継者としての実績が乏しかったから、この計画の担当者に死んでもなりたかったのだろう。だけれども、父上は兄では力不足だと考えた。
長く続いた大順との戦争もあり、国力は疲弊し、民も疲れ切っている。よって、このオアシス都市計画は、その打開策として失敗するわけにはいかない大事なものだった。
農作物ができない土地だからこそ、家畜や商業を発展させなくてはいけない。その計画内には、減税も含まれるが、相対的な商業発展政策が進めば、逆に収入は増える見通しもあった。さらに、オアシスの水源を利用した簡易な農業の導入も目指している。それが成功すれば、戦争によって無理やり維持していた国を安定的に統治することが可能となる。
遊牧民族は、実力主義なところがある。実績を残せない人間はいくら族長といえども、軽んじられるし、最悪の場合は失脚させられる。失脚と言えば、立場を失うだけで済まずに、命まで奪われかねないのだ。
兄は、今回の婚姻で外交での成功というポイントを稼ぎつつ、邪魔な私を追放させて、ほとんど計画が終わりかけているオアシス都市構想を乗っ取るつもりらしい。だいたい、大順との関係改善は、亡き父が10年以上かけて成し遂げた成果だ。親戚の誰かが大順に嫁ぐことは決まっていたが、まさか族長の直系である私が選ばれるなんて。花嫁と言えば、聞こえはいいが、人質のような扱いを受けることは明白。だから人選が難航していた。
「ふん。男なら族長間違いないと言われているお前らしいな。安心しろ。その計画は、新しい族長である私が引き継ぐ。お前は、安心して、大順に嫁ぐといいさ」
やっぱりだ。この男は、こちらが今まで積み上げてきた努力すら認めずに、安易に功績を奪い去るつもりだ。自分の保身のために。兄と言えど、なんとつまらない相手だ。思わず血が出るほど、手に爪を食い込ませてしまった。しかし、これではどうすることもできない。族長の命令は絶対だ。それを拒否すれば、私はどうなるかわからない。おそらく、処刑されるだろう。それに、この政略結婚の意味もよくわかる。西月国としては、とても魅力的な提案なのだろう。他の有力な親族たちも自分のかわいい娘を人質として差し出さなくて済むから積極的に止めることもない。
周囲は一瞬騒然となった。
『しかし、姫があの冷徹皇帝のもとにいくなんて』
『あの皇帝は、男にしか興味がないとも聞く』
『誰も信用せず、部下すらも道具の様にしか思っていないらしいぞ』
『あの計画は、先代の族長ですら、翠蓮様の力を借りなければ解決できないと言っていたのに。本当に大丈夫なのか⁉』
そう、大順の現皇帝は、年齢こそ若いものの、非常に冷酷なことで有名だ。
他にも、粗相があった女官を後宮から容赦なく追放したり、実家と共に反乱を企てていた妃を容赦なく処刑し、さらしたとも聞く。
周囲がざわついているが、兄上は続ける。まるで、今の自分の力を誇示するかのように。浅ましく、それでいて、ゆっくりと締め上げてくる。たぶん、自分に酔っているのだろう。族長の娘、砂漠の女帝なんて言われていた自分すら、族長という権力を使って好きなようにできる。今まで
「だいたい、お前は常に生意気だった。父上が生きていたから許されていたが、しょせんは女の浅知恵だろう。私に勝てるわけがない。いいか、今の族長は私だ。私が、法律である。出発は明日になるだろう。すぐに準備をするように」
問答無用とばかりに、そのままテントの奥に消えていった。今までの功績や仕事に対して、何の感謝もなく、ただ名誉を傷つけられて、自分の尊厳を揺さぶられただけ。悔しくないわけがない。でも、私はこの国の姫だ。民のために、自分の身を捧げる覚悟だってできている。
嫁ぐしかない。
それが答えだ。すでに両国間で約束されているのであれば、覆すことはできない。この族長のことだ。すでに、大順には自分の妹が嫁ぐことを連絡しているだろう。もう逃げることは許されない。このまま、大順のメンツをつぶしてしまえば、父上ですら苦戦した大国の圧力に負けてしまう。兄は、そんな器じゃない。民が必要以上に苦しむのであれば、私の身が犠牲になっても仕方がない。
私は目を閉じて、覚悟を固めた。
「わかりました」
族長の勝ち誇ったように大きな笑い声がとどろいた。