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第76話 死神ちゃんと切り裂き魔

 死神ちゃんは退屈そうに膝を抱えて、ぼんやりと冒険者達を見つめていた。小さく溜め息をついて膝の上に顎を乗せると、死神ちゃんは投げやりに言った。



「なあ、まだポーチいっぱいにならないのか?」



 冒険者達は「お前はどうだ」「私はもう少し」などと言い合った。死神ちゃんは面倒くさそうに目を細めると、膝に顔を埋めた。



「そろそろ、俺、飽きてきたよ。なあ、うっかり死のうぜ。丁寧に戦ってないでさ」



 物騒なこと言わないでよ、と顔をしかめると、冒険者達は再びモンスターと戦闘を開始した。




   **********




 死神ちゃんが〈四階の小さな森〉を訪れると、〈担当の冒険者ターゲット〉と思しき集団が森に入ってすぐのところでちまちまと狩りをしていた。どうやら彼らは、まだ見ぬダンジョン産アイテムを求めてやって来たらしい。だが、森の奥のモンスターは彼らにとっては手強いらしく、モンスターの多くいる奥には行かずに手前でせっせとモンスター退治を行っていた。

 死神ちゃんは彼らのうちの一人にとり憑いたのだが、彼らは「丁寧に戦っていれば死ぬこともないし、荷物がいっぱいになるまでは粘ろう」と言って祓いに行くことを先延ばした。


 特に暇つぶしできるものもなく、死神ちゃんは仕方なく座り込んだ。そして、〈たまに野次を飛ばして、冒険者達の集中を乱してやること〉を暇つぶしとした。時には、いきなり眼前に現れてやるなどの嫌がらせもした。

 しかし、彼らが死神ちゃんの思惑通りに〈手元を狂わせ、うっかり死亡する〉ということはなかった。悪戯に飽きた死神ちゃんは、近くの木を背もたれにして膝を抱えると傍観に徹することにした。


 しばらくして、死神ちゃんは「まだか」と文句を垂れた。しかし、状況は変わらず、死神ちゃんは何度か不服を申し立てた。しかし、彼らの〈祓いに戻るのはポーチがいっぱいになってから〉という決定が覆されることはなく、死神ちゃんは退屈な時間を過ごす羽目となった。


 小一時間ほどして、彼らのうちの一人が「お?」と声を上げた。ようやく、見たこともないアイテムを手に入れることができたらしい。



「なんだ、何が出た?」


「いや、まだチラッと見えただけ……。でも多分、お初モノだよ」



 冒険達は声を上げた仲間の周りに集まると、ゆっくりとアイテムへと姿を変えゆくモンスターを期待の眼差しで見つめた。モンスターの残骸が完全に消え失せて、彼らの眼前に現れたアイテムは包丁だった。彼らは心なしか残念そうな表情を浮かべて、足元に転がっている包丁を眺めた。



「なんだ、包丁かあ。それにしても、刃の部分が長いな。――あれかな? この奥には食べられるキノコが生えてるらしいから、それ関係で調理器具がアイテムとしてドロップするんだろうかね? でも、どうして、こんな誰かの使いかけみたいな赤いシミのこびり付いたもの……。街の肉屋とか魚屋とかで毎日使われているものが、魔法で転送されてきてでもしているのかなあ?」


「そうだったらおもしろいよな。今ごろ、店主、大慌てだぜ。でも、どうせ調理器具を入手するなら、噂のハンドブレンダーってやつがよかったよなあ」



 言いながら、戦士は包丁を拾い上げた。直後、包丁から黒いモヤのようなものがにじみ出て、彼の体に纏わりついた。不審に思った仲間達が「包丁を捨てろ」と声をかけたのだが時すでに遅く、戦士は苦しみ悶えて泡を吹くとギョロリと白目をむいた。

 さらに戦士の腕輪から小さな鳥が飛び出て、彼の頭上でぴよぴよと回り始めた。どうやら戦士は包丁に触れたことにより呪われたようで、その呪いのせいで混乱を来たしているらしい。



「まずい、呪われたアイテムだったか。混乱もしているようだし、下手すると襲いかかってくるかもしれ――」



 そう述べている途中で、魔法使いが突然口から血を溢れさせた。彼はしかめていた顔を苦悶で一層歪め、組んでいた腕をだらりと解くと静かに膝をつき、そのままドサリと地に倒れ伏した。生気を失っていく魔法使いと、彼を中心にして広がっていく赤い水たまりにショックを受けた司教が悲鳴を上げると、戦士はひどく驚いた素振りを見せた。そして黒いモヤを纏い頭上に鳥を羽ばたかせたまま、そのままどこかへと走り去った。



「まずいな。追いかけて、どうにか取り押さえないと。もしも他の冒険者に襲いかるなどしていたら一大事だ」



 仲間達は頷き合うと、魔法使いの亡骸を回収し、慌てて森を後にした。死神ちゃんも急いで彼らのあとを追いかけた。

 案の定、戦士は出会うもの全てを見境なく切りつけていた。幸い、被害に遭った冒険者達は軽傷で、戦士の仲間達はひたすら〈謝罪しながら、これ以上の被害者が出ないようにすぐさま追跡を再開する〉を繰り返した。

 もちろん、戦士が切りつけた相手がモンスターだということもあった。戦士が軽くひと切りして去ってしまうので、モンスターの戦意はあとからそこを通りかかった仲間達に向けられた。彼らは何とかそれをかいくぐりながら、戦士を追いかけ続けた。


 呪いの影響か、戦士は疲れる素振りを全く見せなかった。仲間達は石化や麻痺などの魔法での拘束を試みたのだが、呪文を唱えても上手くかわされてしまい、戦士の足を止めることは叶わなかった。次第に、仲間達のほうが疲弊していった。



「これはもう、最終手段に出るしかないな……」



 そう言って頷き合うと、支援職の面々は仲間の忍者に支援魔法をありったけかけてやった。忍者は準備が整うと、その場から姿を消した。次の瞬間、彼は戦士のすぐ背後に姿を現し、そして戦士の首を容赦なく跳ね飛ばした。




   **********




 一行は一階の教会へとやって来た。教会の爺さんは死神ちゃんを見るなり、お祓い料金の説明を始めようとした。しかし、冒険者達が「それはあとで」と言うので、爺さんは不思議そうに首を傾げた。



「なんじゃ? 蘇生が先か?」


「いえ、それもあとでで……」


「では、一体何をすればいいのだね」



 爺さんが眉根を寄せると、冒険者達は魔法の棺桶から戦士の亡骸を呼び出した。爺さんは一層顔をしかめると、溜め息混じりに言った。



「なんじゃ、やっぱり蘇生ではないか」


「いえ、違うんです。実は彼、呪われておりまして……」



 戦士の仲間達は気まずそうに頬を引きつらせると〈このまま生き返らせると再び暴れだすかもしれないから、先に解呪をして欲しい〉と頼んだ。爺さんはフンと鼻を鳴らすと、面倒くさそうに死んでもなおしっかりと握りしめられている包丁を見た。



「……ほう、確かに呪いの品じゃの。――動かなくなって安全も確保されてるわけだし、先に死神を祓えばいいだろうに」


「いえ、散々に振り回されて、俺達も疲れたんですよ。だから、呪いの脅威を完全に取り払って心穏やかな状態になってから、他のことをやりたくて……」



 爺さんは適当に相槌を打つと、そろばんを弾いて解呪代金を提示した。そして〈早く銭をよこせ〉というジェスチャーをとると、仲間達に早く財布を出すよう催促した。

 お代を徴収した爺さんが早速解呪の呪文を唱え始めると、包丁からドス黒い霧のようなものが立ち上った。そして、それはみるみると〈少々恰幅の良い女性〉を形作った。

 呪いの解呪を初めて見る死神ちゃんは、冒険者達と一緒になって興味深げに儀式を見守っていた。そして、眉根を寄せた。死神ちゃんは、この包丁に込められていた怨霊をどこかで見たことがある気がしたのだ。


 完全に具現化した〈呪い〉のあまりの恐ろしさに、冒険者達は小さく悲鳴を上げた。凄まじい形相の〈呪い〉はその場をギョロリと見渡すと、解除の儀式を執り行う爺さんに襲いかかろうとした。しかし、すんでのところで爺さんの呪文が完成した。それにより〈呪い〉は浄化され、まるで砂で作った人形が崩れていくかのように消えていった。




   **********




「呪われた鎧を装備して、それのせいで生気が吸われていく冒険者は見たことがあったけど、あんなタイプの呪いは初めて見たよ。解呪も、あんな感じで行われるんだな。勤務開始してもう半年も経つのに、まだまだ〈見たことのないもの〉ってあるもんなんだなあ。――それにしても、あの〈呪いの女〉、どこかで見た気がするんだが」



 待機室に戻ってきた死神ちゃんは、マッコイを相手にそう言うと思案顔で首を捻った。マッコイは目をしばたかせると、きょとんとした顔のままあっけらかんと答えた。



「やだ、かおるちゃん。?」



 死神ちゃんが驚愕すると、マッコイは「ほら、あそこ」と言いながら手のひらで指し示した。そこには〈第一〉のメンバーが集まっていたのだが、そのうちの一人がたしかに少々恰幅が良かった。

 それと思しき彼女を含めた彼らを、死神ちゃんはよく知っていた。彼らは天狐と一緒に〈第一〉にお邪魔すると大抵リビングにいるので、彼らとはちょっとした会話やゲームを楽しむ仲となっている。



「いやあ、そんな、嘘だろう? だって、あの〈呪いの女〉、すごく強烈で粘着系のワル顔だったし。あいつら、鉄砲玉以外はみんなサバサバ系だろ。どう見たって粘着系じゃあ――」



 死神ちゃんが眉をひそめると、集団から笑い声が上がった。鉄砲玉が何やら粗相をしたらしく、彼だけが気まずそうに苦笑いを浮かべて頭をかいていた。笑い声が止むと、例の女性がとても爽やかな笑顔で鉄砲玉の肩をポンと叩いた。そして彼女は、一転して〈呪いの女〉と同じ表情を浮かべた。鉄砲玉はちぢみ上がると、一心不乱にヘコヘコと頭を下げた。

 その様子を見ていた死神ちゃんは、盛大に顔をしかめた。それを見て、マッコイが苦笑いを浮かべた。



「使用人が実装されたことで、調理器具が産出するようになったでしょう? そのときに、〈呪いの刺し身包丁〉に込める呪いの〈見た目データ〉として、彼女が採用されたのよね。――彼女、転生前むかしは〈解体作業に魅せられて切り裂き魔になってしまったお魚屋さん〉だったから」


「何て言うか、それは……。彼女を怒らせたら、三枚におろされそうだな……。ていうか、装備品に呪いを付与する作業は見たことあったんだがさ、あれって〈見た目〉までわざわざ用意されていたんだな」



 モノにもよるけれどもね、と言ってマッコイは軽く肩を竦めた。死神ちゃんは〈今にも三枚おろしにされそうな鉄砲玉〉を見つめながら適当に相槌を打つと、再びダンジョンへと出動していったのだった。





 ――――〈アイテム開発〉と〈あろけーしょんせんたー〉は相変わらず仕事が細かいなあと、ちょっとばかし感心したのDEATH。


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