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第56話 死神ちゃんと寝不足さん

 死神ちゃんは我が目を疑った。〈担当のパーティーターゲット〉と思しき冒険者が、植物型モンスタープラントの花(口?)の部分に頭を突っ込んでいたからだ。プラントが花(口?)の部分をもぐもぐと動かして美味しそうに冒険者を堪能しているのを束の間ぽかんと見つめると、死神ちゃんは慌てて冒険者にとり憑きに行った。

 とり憑くために冒険者の身体に死神ちゃんがタッチすると、彼は突然ビクリと身を跳ねさせた。そして何やらぎゃあぎゃあと喚きながら、彼は植物から頭を懸命に引っこ抜いた。



「ふう、危うくお花畑が見えるところでした……」


「むしろお前、お花畑と同化していたぞ」



 執事のような服装の彼は片眼鏡モノクルを取り、顔中を一生懸命にナフキンで拭いながら溜め息をついた。死神ちゃんが呆れ顔を浮かべると、彼は綺麗になったモノクルを付け直しながら柔和な笑みで物腰柔らかに会釈をした。



「あなたが起こしてくれなければ、危うく堆肥となっておりました」


「俺としては肥料になってくれたら嬉しかったんだけどな」



 彼は一瞬眉をひそめたが、死神ちゃんの「何してたんだ?」という問いかけに苦笑いを浮かべて息をついた。

 彼はとある貴族の家に仕える執事だそうで、ここ数ヶ月、不眠に悩まされているのだという。眠りたくても寝付けず、ようやく眠れたと思っても睡眠の質が悪くて寝た気がせず、おかげで常に眠気がとれず体力も回復しないのだそうだ。その不眠を解消すべく、彼はあるモンスターを探しにダンジョンまでやってきたそうだ。



「そのモンスターは恐ろしい〈悪の眷属〉で、確実に眠りへと誘ってくるそうなんです。ダンジョン外にも存在するモンスターなので、手中に収めるべく方々を探し回ったの、です、が……」



 目をしょぼしょぼとさせ、尻すぼみに話す彼に死神ちゃんが「おい」と声をかけると、彼はハッと我に返って頭を二、三度横に振った。そして咳払いをすると、彼は再び話し始めた。



「とにかく、私はモンスターを探しているのです。ダンジョン内でも滅多に遭遇できないみたいなんですが、広い外の世界を探すよりは見つけやすいと思いまして。ここだけの話、坊っちゃんがきちんとダンジョン攻略に精を出してくだされば、旦那様にあれこれと聞かれて気を揉んで、ストレスが溜まって寝つけずに寝不足になるということもないのですが――」



 死神ちゃんは顔をしかめると、寝不足さんを見上げてポツリと言った。



「そいつ、三男坊?」


「ええ、そうですけれど」


「変態趣味があったりする?」


「……何故その、御当家の秘密にして恥部をご存知なのですか」



 寝不足さんは苦々しげな顔で死神ちゃんをまじまじと見つめた。死神ちゃんは乾いた笑みを浮かべると、溜め息混じりに同情の言葉を彼にかけた。


 彼は深い溜め息をつくと、お目当てのモンスター探しを再開させた。しかし、ひどい寝不足のせいで足元はおぼつかなく、扉を開ける前に通り抜けようとして額を打ち、モンスターと冒険者とを見間違え、敵に向かってうやうやしく挨拶をするなど散々なものだった。

 彼は寝ぼけ眼をこすりながらも必死に〈睡眠系の攻撃を仕掛けてくるモンスター〉を探しては「これじゃない」「こいつじゃない」とぶつぶつと呟いていた。一方の死神ちゃんはというと、大小様々なトラブルに見舞われながらもしぶとく生き続ける寝不足さんに付き合うことに飽きてきて、眠気に襲われつつあった。


 死神ちゃんがうとうととし始めると、寝不足さんは裏切り者を見るような目で死神ちゃんを見た。そして死神ちゃんの頬をぺちぺちと軽く叩きながら、悲壮感漂う声を震わせた。



「ちょっと、寝ないでくださいよ! 何故かは分からないけどあなたがついてきてくださるから、私は頑張って起きていられるのに! あなたが寝てしまったら、私もこんな危険な場所で寝落ちしてしまいそうです!」


「お前、まともに眠れてないんだろう? だったら、眠れるだけいいじゃないか。もう諦めて寝ちまえよ」


「いやだから、こんな場所で寝たら危ないでしょう? それに、眠れたとしても質が悪かったら意味が無いんですってば」



 死神ちゃんは眠気で苛つくのを我慢するように頭をかきむしると、面倒くさそうに寝不足さんを見上げた。そしてぶっきらぼうに尋ねた。



「ていうか、お前の探しているモンスターって、結局、どんなやつなんだよ」


「バクです」


「バクぅ? あの、悪夢を食べるってやつか?」


「そうです、そのバクです」



 死神ちゃんが盛大に顔をしかめさせると、寝不足さんは必死にコクコクと頷いた。

 〈恐ろしい悪の眷属〉というくらいだから、きっとこの世界のバクは単に悪夢を食べるのではなく、食事のために悪夢を見せ続けてくるのだろう。それのどこが、安眠に繋がろうのだろうか。――そんなことを思い、死神ちゃんはフンと鼻を鳴らした。

 それと同時に、に見つめられているような気配を感じ、死神ちゃんは足元に視線を落とした。とぼんやり見つめ合いながら、死神ちゃんは寝不足さんに声をかけた。



「なあ、それって、こいつ?」



 マレーバクを可愛らしくデフォルメしたような見た目のファンシーな動物が、つぶらな瞳で一心に死神ちゃんを見上げていた。寝不足さんは驚いて一瞬大声を出したが、逃げられては困るとばかりに慌てて口元を押さえ、小声で「そうです、こいつです」と早口で答え必死に頷いた。



「この可愛らしいのが、恐ろしい悪の眷属……?」



 死神ちゃんが盛大に顔をしかめさせるのを気にすることもなく、寝不足さんは静かにバクに近寄ると、嬉しそうにそれを抱き上げた。そしてデレデレとした笑みを浮かべて、バクのふかふかなお腹に顔を埋めた。



「ああ、柔らかい。ああ、気持ちいい。しかもこんなに可愛らしくて……。もう、一瞬で虜ですよ! なんて恐ろしい!」


「はあ、そう……」


「あ、まずい。凄まじく眠くなって、き……た……」



 彼はそう言ってへなへなと座り込むと、バクを抱えたまま深い眠りに落ちていった。その顔はとても幸せに満ちていて、死神ちゃんは「これのどこが〈悪〉?」と不思議そうに首を傾げさせた。それと同時に、死神ちゃんは背後に大きな気配を感じた。振り返るとそこにはゴーレムがそびえ立っていた。

 バクはピョンと寝不足さんの腕の中から抜け出たが、彼の眠りは深すぎて〈バクが離れた〉という異変にすら気づかなかった。そのまま、彼はゴーレムの手によりに就いた。久々のしっかりとした睡眠が心地よすぎるのか、霊界に現れてもいびきをかき続けている彼の姿に呆れ果ててため息をつくと、死神ちゃんは壁の中へと姿を消したのだった。




   **********




「ということがあったんだけど、結局バクのどこが〈悪〉なのかが分からなくて」



 ローズの香り漂う足湯をぱちゃぱちゃとさせながら、死神ちゃんは思案顔で首を捻った。すると、マッコイにマッサージを施し中のアルデンタスがニコリと笑った。



「そんなの、あんた、決まっているじゃない。干したてのふかふかお布団に飛び込んだら、何もかも忘れて眠りたくなるでしょう? そんなとき、いつも〈天使だ〉と思っていたお布団のことをこの時ばかりは〈悪魔だ〉って思っちゃうでしょう? ――つまり、そういうことよ」


「はあ、そうですか……」



 死神ちゃんがたどたどしくそう返すと、うつ伏せで下を向いていたマッコイが顔を持ち上げて死神ちゃんのほうを向いて言った。



かおるちゃん、今日は本物のバクを見るためについてきたんでしょう?」


「あ、そうだった。アルデンタスさん、バクってここの看板娘なんだろう? この前来たときは見かけなかったけど」


「ああ、こういう整体系の施術のときは、あの子は裏にいてもらってるのよ。お客さんに息を合わせてもらいたい時に爆睡されちゃったら困るしね。――ユメちゃん、こっちいらっしゃい」



 アルデンタスの呼びかけに応えるように、可愛らしいまるっちいのがバックヤードからよちよちとやって来た。ユメちゃんはそのまま死神ちゃんの膝によじ登ると、死神ちゃんの頬に鼻頭を嬉しそうに擦りつけてきた。

 死神ちゃんはくすぐったそうに笑うと、ふわふわもふもふのバクを撫でくりまわした。そしてそのままうっかりと、幸せな夢の中へと落とされた。


 日中にぐっすりと眠りすぎてしまった死神ちゃんは、その夜、全く寝付けずに困ったという。





 ――――ヤツはとんでもない〈悪〉だった。でも、憎めないし、むしろ好きなのDEATH。


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