死神ちゃんは久々に六階へと降り立った。前方には〈
ダンジョン内に突如現れた華やかな店の数々に目を奪われている冒険者達の背後に、死神ちゃんは音も無く近づいた。しかし、そのうちの一人が何の前触れもなく、勢い良く死神ちゃんを振り返った。驚いた死神ちゃんは苦々しげな表情を浮かべると一目散に〈回れ右〉をした。しかし、その振り返ってきた相手は全速力で死神ちゃんのことを追いかけてきた。
一生懸命に逃げた死神ちゃんだったが、その努力も虚しくあっさりと捕獲されてしまった。死神ちゃんを捕獲した冒険者は、血走った眼をギラギラとさせながら、危なげな笑みを浮かべて死神ちゃんに頬ずりをした。
「えへへへへへ……。こんなダンジョンの奥で会えるだなんて、お姉ちゃん、嬉しい……。ああ、愛しのマイスィートアイドル天使・ソフィアちゃん……」
* 踊り子の 信頼度が 8 下がったよ! *
変質者と見紛うばかりの狂気を孕んだ笑顔でよだれを垂らしながら幼女をハグする踊り子のことを、後から追いかけてきた仲間達は軽蔑の目で見下した。死神ちゃんは必死に彼女――聖女ソフィアを溺愛する〈お姉ちゃん〉から逃れようと抵抗しながら、冒険者達に助けを求めた。
やっとの思いで引き剥がすことの出来たお姉ちゃんは、我に返るなり膝をガクリとついてうなだれた。
「久々に幼女の気配を感知したものだから、うっかり〈ソフィア界〉に旅立ってしまったわ……」
「お前、そのクセ、周りだけじゃなくてソフィアにも迷惑になるから、どうにかして治せよ……」
死神ちゃんが呆れ口調でそう言うと、お姉ちゃんは勢い良く顔を上げた。そして目くじらを立てて、口を尖らせた。
「ソフィアは嫌がらないもの!」
「いや、ソフィアが嫌がらなくてもだな、道行く先々でお前がソフィアの名前を出して幼女に襲いかかりまくってたら、回り回ってソフィアの名前に泥を塗ることになるだろうが」
「あああ、そんなことになってソフィアに嫌われたら、私、灰化を通り越して消滅しちゃう!」
お姉ちゃんが頭を抱えて身悶えているのを
「お嬢ちゃん、こいつの知り合いか何か?」
「ああ、えっと、二度ほど会ったことがあるというか……」
釣られて苦笑いを浮かべると、死神ちゃんはそのように答えた。そして冒険者達を見渡すと、不思議そうに首を傾げさせた。彼らは踊り子三人に戦士・僧侶・魔法使いというアンバランスなパーティーで、どう見ても〈ダンジョン探索がメイン〉の一団には見えなかったからだ。
どうやら彼らは〈この試練を乗り越えれば一人前の踊り子と認められる〉という噂を頼りに、護衛を付けて六階まで降りてきたらしい。そもそも六階にまで到達している冒険者が少ないため、その噂自体、真偽のほどが定かではないという。しかし、噂でも情報として〈ある〉のであれば、それを確かめ、そして可能なら〈認められし者〉の一番乗りを果たしたいと彼らは思ったのだそうだ。
「というわけで、私達は〈ダンスホール〉を目指しているの。分かった? 死神ちゃん」
「えっ、この子、死神なの!?」
お姉ちゃんが半ばトリップしかけながら死神ちゃんを抱きかかえてそう言うと、仲間達は盛大に顔をしかめた。しかし〈ダンスホールで死ぬこともないだろう〉ということになり、彼らはそのまま先に進むことにした。
一行はダンスホールに到着すると、入場料を支払って中へと足を踏み入れた。冒険者達は一風変わった内装に興味を惹かれて目を輝かせていたが、死神ちゃんは思わず苦い顔を浮かべた。
「不思議なシャンデリアね。丸くて、キラキラ光を反射させて」
「ああ、あれな。ミラーボールな」
「服装も独創的ね」
「ああ、ボディコンにピンヒールな」
「持っている扇も、すごく派手というかケバいというか……」
「いわゆる、〈ジュリ
冒険者達が感嘆の声を漏らすたびに、死神ちゃんは溜め息をついた。〈ファンタジー世界のダンスホール〉というから、西洋風の豪奢なものを死神ちゃんは想像していたのだ。それがまさか、こんなバブリーな香り溢れるものだとは。
死神ちゃんは気を取り直すと、お姉ちゃんを見上げて不思議そうに首を傾げた。
「ていうか、護衛メンバーの三人はバランスいいとはいえ、下級職ばかりだな。折角なんだから、上級職の兄さんも混ぜてやればよかったのに」
「ああ、あいつ、まだ四階の途中までしか攻略出来てないから」
あっけらかんとそう答えるお姉ちゃんに死神ちゃんが「探索を手伝ってやったら?」と言うと、彼女はあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。きっと、彼が横で延々と〈冒険譚の記録〉をするのが耐えられないのだろう。
死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、彼女は死神ちゃんを空いているソファーに座らせた。そしてダンス大会にエントリーすべく、仲間達とともに受付へと向かって行った。
踊り子達がエントリーを済ませると、会場の中ほどにある〈お立ち台〉に赤と青のケープを羽織ったカエルが現れた。カエルは前足を左右に振り、くるりと一回転すると会場全体を見回しながら「いぇい!」と甲高い声で言った。会場中から返ってくる「いぇい!」に嬉しそうに頷くと、カエルは得意気に胸を張って話し始めた。
「レディースアンドジェントルマン! このたびは当ダンスホールにお越し頂きまして誠にありがとうございます! お堅い挨拶はこの辺で終わりにして……ヘイ、ベイビー! 楽しんでいるかい!? ――OK、OK。楽しんでいるようだな! 今日はなんと、三人のカワイコチャンがエントリーしてくれたぜ! さあ、ベイビー達、盛り上がって行こうぜ~!」
カエルは踊り子達を手招きし、彼女達がお立ち台に上がってくると両の手の指を口に咥えてピイピイと吹き鳴らした。周りの〈お客を装った社員達〉も拍手やら口笛やらで場を盛り立て、わあわあと騒いだ。その様子を、死神ちゃんと護衛役達は軽食をつまみながらぼんやりと眺めていた。
アップテンポの曲がかかり、チカチカと色とりどりの光が会場中に氾濫し始めてダンス大会は幕を開けた。ヒップホップやらトランスやらユーロビートやらが流れる中、お立ち台の三人は初めて体験する〈自分達の知らないダンス〉に戸惑っているようだった。それでも見よう見真似で必死についていっていたのだが、鼓膜を直接殴るような大きな音、眩い光と熱、そして止まることを許さないというかのように連なり続ける激しい音楽によって少しずつ体力が削られていった。
一人、また一人と脱落し、気づけば〈残るはお姉ちゃんのみ〉の状態となっていた。彼女は息も絶え絶えの状態にもかかわらず、おぼつかない足で必死にリズムについていこうとしていた。しかし、照明の熱に
駆け寄った男性スタッフはお姉ちゃんの肩に腕を回し、倒れた彼女の上半身を抱き起こした。そして軽く頬をぺちぺちと叩きながら声をかけ、返事がないことに顔をしかると「水を飲ませてやろう」と言って他のスタッフに声をかけた。
彼は運ばれてきたコップを受け取ると、お姉ちゃんの口元にコップを押し付けた。しかし、彼女が水を飲み込もうとする気配はなく、彼は意を決してコップの水を口に含むと、お姉ちゃんの顔に自身の顔を寄せた。
「おい、馬鹿、やめろ! お前がそれをやるな!」
スタッフの誰かが慌ててそう叫んだのだが、それはあとの祭りだった。水を与えられ潤いを取り戻せたはずのお姉ちゃんは、潤うどころか精気を失いカサカサと萎びれていった。腕の中で灰と化していく彼女を呆然と見つめながら、男性スタッフはごまかしの笑顔を浮かべて頭を掻いた。
「やべ、自分がインキュバスだってこと、すっかり忘れてた」
死神ちゃんは呆れ眼で溜め息をつくと近くの店員に声をかけると、自分の飲食代を護衛役達にちゃっかりと押し付けた。そしてアップテンポな音楽が耳から離れなかったのか、軽くステップを踏みながら姿を消したのだった。
――――本来、お立ち台というものは選ばれたものしか立つことを許されない。つまり、彼女達の〈試練〉は今まさに始まったばかり。彼女達が踊りの道を極め、クィーンとしてその場に再び立つ日は、まだまだ先のようDEATH。