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第49話 死神ちゃんと愛されっ子

 どうと音を立て地に崩れ落ちるモンスターを前に、戦士がぷるぷると震えていた。



「みんなは、この僕が守るんだ!」



 そう叫び肩で息をする戦士に、助けられた召喚士も、その他の仲間もみんな、涙ながらに抱きついた。

 その様子を、死神ちゃんはげっそりとした顔で静かに見つめていた。




   **********




 〈担当の冒険者達ターゲット〉を求めて彷徨さまよっていた死神ちゃんは前方にかしましい集団を発見した。この集団が今回のターゲットであると確認すると、死神ちゃんはそのうちの一人にゆっくりと近づいていき脅かした。彼女が悲鳴を上げると、他の女性達が彼女を睨みつけた。



「ちょっと、急に大きな声を出さないでよ! 彼がびっくりしちゃうでしょう!?」



 女性のうちの一人はそう言うと、パーティー内唯一の〈彼〉をちらりと見た。戦士の格好をした彼は怯えてぷるぷると震えていたのだが、悲鳴を上げた彼女の腕輪からステータス妖精が飛び出すや否や、潤んだ瞳をキラキラと輝かせた。そして、彼はどこへともなく飛び去っていくステータス妖精を嬉しそうに追いかけていった。

 女性達はぎょっとして小さくなっていく彼の姿と、慌てて彼を追いかけていく召喚士の姿を見つめていた。死神ちゃんも、そんな彼らの様子にすっかりと呆気にとられた。


 しばらくして、彼はヘトヘトの召喚士と共に帰ってきた。しょんぼりと肩を落とすと、彼は足元に視線を落としてぷるぷると震えた。



「みんな、ごめんねえ……」


「いいのよ、いいの! 気にしないで! ね!?」


「そんなことよりも、喉、乾いてない? お腹はへってない!?」


「それとも、ブラッシングする!? 私、この前、プロ仕様のスリッカーブラシを手に入れたのよ!」



 落ち込む彼に、女性達は必死に捲し立てた。怒るどころか励まし甘やかす女性陣に、彼はふと顔を上げた。その瞳はうるうるに潤んでいて、彼女達はそれを見るなり悲しそうな表情を浮かべ、そして我も我もと彼に抱きついた。

 彼に頬ずりしながら一生懸命彼を慰める彼女達を呆然と見つめると、死神ちゃんは顔をしかめてポツリと言った。



「なんだこれは。ペットかよ」


「ペットって何よ! 彼はね、うちのパーティーの癒やし! 〈愛されっ子〉なのよ!? それをペットって、失礼しちゃうわね!」



 女性の一人が憤ると、彼がしょんぼりとした顔を浮かべて言った。



「僕、僧侶じゃなくて戦士だから、本当は〈癒やし〉じゃなくて〈戦力〉になりたいんだけど……」



 再び瞳を潤まてぷるぷると震え出す戦士を抱きしめると、召喚士が死神ちゃんを睨みつけた。



「うちの素敵な〈癒やし担当〉を……私の可愛いマカロンくんを傷つけるだなんて! さては、あなた、小人族コビートと見せかけて、実は死神ね!?」



 召喚士がマカロンくんをギュウと抱きしめると、彼は「癒やし……」と呟きながらより一層瞳を潤ませた。切なげにクゥンと鼻を鳴らし始めたマカロンくんを同情の眼差しで見つめながら、死神ちゃんはポツリと言った。



「トドメを刺したのは俺じゃなくてお前らな。ていうか、〈マカロン〉って名前が既に愛玩動物だよな。――まあ、チワワにはよくあるネーミングではあるけれど」



 死神ちゃんの言葉は、もはや誰も聞いてはいなかった。嗚咽代わりに遠吠えを始めたチワワに、女性陣は必死に謝りながらビーフジャーキーや美味しいお水を与えていた。そして、あれよあれよという間に装備を剥がされると、彼はプロ仕様のブラシとやらでグルーミングをされ始めた。

 甲斐甲斐しく愛玩されながら依然ぷるぷると震えているチワワと飼い主達を、死神ちゃんは呆れ顔で見つめて溜め息をついた。




   **********




 マカロンくんは元々この世界の住人ではなく、普段は別世界で生活をしている獣人なのだそうだ。縁あってこのパーティーの召喚士と主従契約を結び、時折呼び出されては彼女達と一緒に冒険しているのだという。



「僕ね、お隣に住む権左衛門さんに憧れてるんだ。僕、見た目がこんなんだから戦士には向かないって自分の世界でも言われてて。だから、そっちでは支援系の職についているんだけど。でも、どうしても、権左衛門さんみたいに強くて逞しい立派な戦士になりたくて。だからね、こっちの世界に呼び出された時には戦士として頑張ってるの」



 マカロンくんは尻尾を振りながら、死神ちゃんにはにかんだ。死神ちゃんは相槌を打つと、マカロンくんに返事を返した。



「権左衛門って、名前から既に強そうだな」


「うん、見た目もすっごく強そうだし、実際とっても強いんだよ! 権左衛門さんは、歴戦の土佐犬なの!」



 嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねまわるマカロンくんを、死神ちゃんは苦笑いを浮かべて見つめた。

 憧れを持ち努力をするのは立派だが、果たしてチワワが土佐犬になり得るのだろうか。せめて、愛玩されることから卒業し、野性を取り戻さねば無理なのではないだろうか。――そんなことを考えながら懐いてくるマカロンくんの頭を撫でてやっていると、死神ちゃんは至るところから殺気を感じて身の毛がよだった。死神ちゃんとマカロンくんを取り囲むように歩いていた〈飼い主達〉が、まるで〈私達のアイドルを奪った〉とでも言いたげな表情で死神ちゃんを睨んでいたのだ。死神ちゃんは笑顔を張り付かせると、マカロンくんの頭からそっと手を離して撫でるのを止めた。


 しばらくして、一行はモンスターの群れと遭遇した。女性達は必死にマカロンくんを庇いながら戦い、マカロンくんもまた後ろのほうでおろおろとしながら右往左往としていた。戦闘を補助するために召喚されているだろうに、これでは本末転倒である。

 彼は何とかモンスターを撃退して疲れきっている女性達をうるうるお目目で見つめると、謝罪の言葉を何度も繰り返した。そして、そんな彼のことを女性達は嬉しそうに抱きしめた。


 再びモンスターの群れに遭遇した際も、マカロンくんは後ろのほうでぷるぷると震えていた。よくよく観察してみると、彼は〈怯えている〉というよりも〈どのように戦闘に参加したらよいのか分からない〉という理由で震えているようだった。それもそのはず、彼の目の前にモンスターがやってきて、彼が剣を構えるたびに誰かしらが彼とモンスターの間に割って入るのだ。彼女達は庇護欲で良かれと思ってそういった行動に出ているのだろうが、戦力になりたいと切実に思っているマカロンくんからしたらそれは〈気持ちを折る行為〉に他ならない。案の定、マカロンくんは戦闘終了後にひっそりと肩を落とし表情を曇らせていた。


 次の戦闘でも、やはり彼は守られていた。先ほどまでと同様にぷるぷると震えていたが、その顔に浮かんでいたのは戸惑いではなく〈悔しさ〉や〈怒り〉だった。何も出来ない自分が許せなかったのだろう。

 女性達は必死に戦っていたが、連戦で疲れているせいか、戦況は芳しくなかった。そしてとうとう、召喚士がモンスターの一体に追い詰められた。彼女は振り下ろされる剣を見つめると、もはやこれまでと目を閉じた。しかし、その剣が彼女に接触することはなかった。


 モンスターの剣を弾き返すと、マカロンくんは一気に反撃に出た。小柄ですばしっこいのを活かしながら、彼は攻めに攻めた。そして、見事モンスターを打ち倒した。



「ご主人は……みんなは、この僕が守るんだ!」



 犬歯をむき出し、フーフーと息をつきながらマカロンくんが叫んだ。上がった息が落ち着いてくると、チワワの習性なのか何なのか、彼はまたぷるぷると震えだした。それを見て、女性達はワッと泣き出すと我先にとマカロンくんに抱きついた。



「ごめんね、怖かったよね!」


「偉いわね、素敵だったわ! でも、これからもマカロンくんのことは私達がしっかりと守るから!」



 憧れの権左衛門さんの背中に一歩近づいた瞬間を褒め称えるかのように、死神ちゃんはマカロンくんを真摯に見つめていた。しかし、周りの〈飼い主〉達の変わらぬ態度のせいで、すぐさまげっそりとした顔を浮かべた。


 戦士としての第一歩を踏み出した喜びと、女性陣の変わらぬ態度への戸惑いで、マカロンくんは心から笑うことが出来ずに苦笑いを浮かべていた。しかし、彼はすぐさま心ここにあらずとなった。

 頭上をふよふよと浮かび、何処かへと飛んで行く可愛らしい妖精竜フェアリードラゴンをキラキラとした目で追い、首を振っても見えない位置までそれが飛んで行くと、彼は勢い良く走り始めた。そんな彼を女性陣全員が慌てて追いかけていったのだが、全員、少し行った先でフッと姿を消した。どうやら、揃いも揃って落とし穴へと落ちたらしい。

 死神ちゃんは腕輪に表示された〈灰化達成〉の知らせをぼんやりと見つめると、ため息混じりに姿を消したのだった。





 ――――犬種云々とか野性云々以前に、〈飼い主ブリーダー〉の質も大事かも? とりあえず、憧れの土佐犬への道は、まだまだ遠く長いようDEATH。


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