「
そう言って、ビットはコンピューターを操作し、ホログラムを投影した。そこに映しだされた者を見て、死神ちゃんは顔色ひとつ変えることなく「こいつが、どうかしましたか」と言った。その声に抑揚は一切なかったが、心なしか投げやりなようにも聞こえた。
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朝の挨拶をしつつ、死神ちゃんは受付のゴブリン嬢に入館登録をしてもらおうと左腕を差し出した。すると、ゴブリン嬢はバーコードリーダーのような機械ではなく、一枚の紙切れに手を伸ばした。ニヤリと笑う彼女からそれを受け取ると、死神ちゃんは顔をしかめた。
死神ちゃんが紙切れに目を通している間に、ゴブリン嬢は入館登録を済ませていた。〈頑張れ〉と言うかのように凄まじくゆっくりと手を振る彼女に苦笑いを浮かべると、死神ちゃんはとぼとぼと〈あろけーしょんせんたー〉へと向かった。
「おはようございます。出社したらここに直行するようにとメモを貰ったんです……があああ!?」
〈あろけーしょんせんたー〉に足を踏み入れ、近くにいた研究員に声をかけている途中で、死神ちゃんは腕を勢い良くひっぱられ思わず声を裏返した。
「最近、植物系モンスターの生態系がおかしいのだ」
「はあ。ていうか、死角から声もかけずにとか、やめてくれませんか!?」
「植物といえども、やはりレプリカだからな。冒険者に倒されたとしても、常に最高の状態で群生・分布するようにプログラムしてあるのだ。それが最近、不具合が生じ始めてだな」
ビットは死神ちゃんの訴えを無視して、死神ちゃんの腕を掴んだままズンズンと歩き、話し続けた。
何でも、最高の状態を保って群生・分布するようプログラミングされているはずのレプリカ達が、きちんとそのように機能しなくなったのだという。原因を探ってみると、植物系モンスターの合間に〈外から持ち込んだ植物〉がこっそりと植えられていたのだそうだ。ダンジョン修復課と〈あろけーしょんせんたー〉の所員とで手分けして外来駆除をしたものの、どうやらその外来種はすっかりとダンジョンに適合してしまったようで、抜いても抜いても生えてくるというのだ。
死神ちゃんは何となく犯人が分かった気がして顔をしかめた。そしてとあるコンピューターの前にやってくると、ビットは死神ちゃんの腕を解放してコンソールを操作した。
「
「こいつが、どうかしましたか」
映しだされた人物は、死神ちゃんが正しく〈犯人だろうな〉と思っていた人物だった。ビットは死神ちゃんの返答に満足すると、目の部分をカッと光らせて言った。
「お前に緊急特別ミッションを与える。その持ち前の可愛らしさとトーク力があれば、容易く切り抜けられるだろう」
「いや、顔見知りなんで、そう上手くいきますかね……。で、何をすればいいんですか」
死神ちゃんが呆れ顔で肩を落とすと、ビットは目を更に光らせた。
「この女が如何様にしてこの植物を育てているのか、調べてくるのだ。可能であれば、育成に使用されているだろう品を入手してもらえると助かる。既に死神課にも通達済みで、この女が現れたらお前に出動要請が出るようにしてもらっている。お前は今日一日、この女だけを担当しミッションを遂行するのだ」
死神ちゃんが小さく「はあ」と返すと、早速腕輪がチカチカと光った。それを見て喜んだビットに急き立てられて、死神ちゃんは慌てて死神待機室へと向かった。
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二階の植物系モンスターの群生地の一つにやってきた死神ちゃんは、モンスターの傍にしゃがみこんで一生懸命に土いじりしている彼女の背中に音も無く近づいた。そして、彼女の両肩を掴むと、死神ちゃんは彼女の手元を覗き込んだ。
「お前、今度は何育ててるんだよ」
いきなり両肩を掴まれ、耳元で声がしたことに驚いた農家は勢い良く死神ちゃんのほうを向いた。鼻先スレスレの近距離で死神ちゃんがにっこりと笑うと、農家は悲鳴を上げながら身を仰け反らせ、そして尻もちをついた。
「何だよ。今さら、俺に驚くこともないだろ」
「だってモンスターはもちろん、他の冒険者にも見つからないようにコソコソとしてたつもりだったから! ていうか、今、とり憑いたよね? とり憑いたよね!?」
死神ちゃんが得意気に頷くと、農家は悔しそうに地面をバンバンと叩いた。死神ちゃんは農家を見下ろしてため息をつくと、非難がましく目を細めた。
「ていうか、お前、
「モンスターに紛れ込ませればバレないって思ってたのにバレてる!?」
「それはもういいから。今、何育ててるんだよ。またマンドラゴラか?」
死神ちゃんが首を傾げさせると、農家は不敵に笑い出した。その様子に死神ちゃんが顔をしかめさせると、彼女は勿体ぶった口調で話し出した。
「先日、使用人が冒険者職としてお出ましして、調理器具が武器としてドロップするようになりましたよね?」
「はあ、そうですね」
「調理器具が武器になるのなら、農作物だって武器になってもいいですよね!?」
「はあ……?」
死神ちゃんが眉間のしわを一層深めると、農家は〈分かってないなあ〉と言いたげな表情を浮かべてハンと鼻で笑った。死神ちゃんがムッとすると、彼女は得意気に語り始めた。
「そういう態度、とっちゃいますよねえ。実際、私も家族や農家仲間から同じような態度をとられましたとも! でも、昨今の農作物事情を調べてみたら、どうですか!? 宅配業者がパイナップルを棍棒のように使って戦うし、スイカは大爆発するんですよ! これはもう、武器として流通させても、いいですよね!?」
「はあ……。――で?」
「そんなわけで、ワタクシ、先日のあの液体肥料を改良致しました! 私はこれで、農家界のトップだけでなく、武器流通の世界でもトップを
そう言って、彼女は怪しげな小瓶を高々と掲げ、胸を張った。死神ちゃんは〈アレを持ち帰ればいいのか〉と思いながら、ぼんやりと小瓶を見つめた。
死神ちゃんは気を取り直すと、「結局、何を育てているんだ」と農家に聞いた。すると、農家は手招きして農作物を見せてくれた。そこにはまだ、実の小さなスイカがゴロゴロとなっていた。
「なんだ、スイカか」
「うん、スイカ。大きく育ちきった時と同じ大爆発を、この大きさで出したいんだよね。じゃないと、持ち運ぶのが大変だからさ。手の中に収まるサイズで、投げる感じで使えたらなって」
「手榴弾なのにパイナップルじゃないって、なんか違和感あるな……」
死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、農家が不思議そうに首を傾げさせた。死神ちゃんは「何でもない」と言ってごまかすと、彼女が畑の世話をするのを見守った。
「ちなみに、今のサイズでどのくらいの威力が出るんだ?」
死神ちゃんがスイカを見つめながら質問をすると、農家はおもむろに実の一つをもぎ取った。そして、彼女は偶然背後を通過した〈新米冒険者と、それを追うコボルト〉めがけてスイカを投げつけた。スイカはコボルトの背中にあたった瞬間に爆ぜ、コボルトは見るも無残な姿となった。危うく爆発に巻き込まれそうになった冒険者は、突然の出来事に束の間ぽかんとしていたが、ハッと我に返るとコボルトに追いかけられていた時よりも顔を青ざめさせて走り去った。
死神ちゃんはあんぐりと口を開くと、目を
「十分に、えげつないまでの威力を発揮していると思うんだが……」
「私はもっと、上を目指したいんだってば!」
農家は口を尖らせてプリプリと怒った。死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、畑のスイカに視線を戻した。
「ていうか、あんな〈背中にポンと当たった〉くらいであれだけの爆発が起きるとなると、持ち運びするのも危険じゃないか? ちょっとつついただけでも爆発しそうだな」
死神ちゃんは笑いながら、スイカをちょんちょんとつついた。農家が慌てて止めに入ったのも後の祭りで、突かれたスイカが勢い良く破裂したのを皮切りに、周りのスイカが次々と誘爆した。
戦場の焼け跡のような状態となった一角に佇みながら、死神ちゃんは引きつらせた頬を指でポリポリとかいた。そして足元にこんもりと積もっている灰の近くに転がっていた〈怪しい小瓶〉を拾い上げると、死神ちゃんは壁の中へスウッと消えていった。
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手渡された小瓶を満足気に眺めながら、ビットは「これを分析すれば、外来種の根絶が出来るに違いない」と言って頷いた。そして彼は目の部分をチカチカと嬉しそうにピンクに光らせながら、いつもと変わらぬ抑揚のない声で言った。
「それにしても、爆発する植物というのは実に良いアイディアだな。折角だから、実のなる植物でも作って爆発させよう。きっと面白いに違いない」
死神ちゃんは乾いた笑いを浮かべると、ぐったりと肩を落とした。そして通常業務に戻るべく、死神ちゃんは〈あろけーしょんせんたー〉を後にしたのだった。
――――食べ物関連で爆発するものがあるとするなら、〈あまりの美味しさに、心が大爆発〉くらいだけでいいのDEATH。