「先日、修復作業中に冒険者が来てしまったので、慌てて作業を終わらせたんです。そしたら、ちょっとおかしなことになっちゃっいまして」
そう言って、死神達を前にして事の次第を説明中のサーシャが顔を曇らせた。
このダンジョンはある種神器のようなものであるため、修復のためとはいえ魔法で手を加えるというのはかなり難しいのだという。にもかかわらず、作業が途中になってしまったせいで、その修復箇所に〈目には見えない魔法的な
「冒険者達が新たな修行場として溜まり場にしてしまったので、みなさんの中には既にその場所に行ったことがあるかもしれません。
サーシャは淀んだ瞳でポツリと愚痴をこぼし溜め息をついた。と同時に、死神ちゃんは同僚達にチラチラと視線を送られて、居心地が悪い思いをした。
疲れきった表情で虚空をぼんやりと見つめていたサーシャはハッと我に返ると、慌てて謝罪した。そして「死神課のみなさんのお力で冒険者を全滅に追い込んで欲しい。それでも無理なら、レプリカ登録されている方々に襲撃をお願いしたい」というようなことを捲し立てると、彼女はおぼつかない足取りで死神待機室から出ていった。
**********
出動要請がかかり現場に急行してみると、そこはサーシャが言っていた〈例の場所〉だった。死神ちゃんの〈
冒険者達にコソコソと近づいていった死神ちゃんだったが、思わず途中で足を止め、そして顔をしかめた。というのも、その修業の様子というのが何やらおかしいのだ。二人組は盗賊と魔法使いだったのだが、戦闘をしているのは盗賊だけだった。その戦闘というのも、歪に引っかかって上手いこと動けずにもぞもぞとするモンスターの近くに罠を置くだけで、正直なところ〈戦闘〉とは言いがたいものだった。
ふと、死神ちゃんはあることに気がついた。そしてニヤニヤとした笑みを浮かべると、死神ちゃんは魔法使いに近づいていき、彼の肩をポンと叩いた。肩を叩かれた魔法使いは、死神ちゃんを見るなり驚愕して目を見開いた。それと同時に、ステータス妖精が困惑顔で飛び出してきた。
* 魔法使いの 信頼度が 下げたくても これ以上 下がらないよ! *
「折角パーティーに入れてもらえたのに信頼されていないって。お前、本当に残念だな」
「またお前かよ! パーティー組んだばっかで、信頼もへったくれもない状態なんだよ! だから、残念じゃあねえんだよ!」
戦闘中(?)の盗賊にじっとりと睨まれながら、魔法使いは耳を尖った先まで真っ赤にして叫んだ。――そう、彼はいつぞやの残念な盗賊だった。
「お前、転職したんだな」
言いながら、死神ちゃんは彼の横に腰を下ろした。どうやら彼は、少しでもパーティーに入れてもらえるようになるために、魔法の使える盗賊になることを思いついたらしい。そのため、魔術の扱いを覚えるために、盗賊から魔法使いへと一旦転職したのだという。
冒険者ギルドが支給している〈冒険者の腕輪〉には、冒険者としての
そしてこの〈冒険者の腕輪〉は戦闘中の仲間の近くにさえいれば、自分が実際に戦闘に参加していなくても冒険者の腕輪が〈経験を積んだ〉と認識するのだそうだ。それを利用すれば、転職したてで装備が整っていなかろうが、大して魔法を覚えていなかろうが、レベルを上げることができるのだとか。
「もちろん、実際に自分が戦闘に加わるわけじゃあないから〈実質的な熟練度〉は上がらないけどさ。でも〈腕輪上の数値的なレベル〉は上がるから、魔法屋で売ってる〈呪文書を使って覚える魔法〉なら覚えられるようになるし。あれなら、専門知識がなかったり使用言語を理解していなかったりしても、腕輪のレベル準拠で習得できるから」
「だからってあんな小さな女の子を働かせて、お前は隅っこで膝を抱えてるってか。最低だな」
死神ちゃんが吐き捨てるようにそう言うと、残念な彼は眉根を寄せて目を見開いた。まるで〈傷ついた〉とでも言いたげな表情だった。
「んなわけあるか! 彼女は
「エルフは誇り高い種族だと聞いていたんだが。そのエルフ族が経験値を金で買うって、どうなんだよ」
死神ちゃんが溜め息をつくと、彼は死神ちゃんからスッと目を逸らした。そして虚ろな目でポツリと言った。
「誇りってものは、ここぞという時に捨てることができてナンボなんです……」
「……お前、つくづく残念だな」
「残念残念うるせえよ! お前、本当に何なの? 何なわけ!?」
残念が死神ちゃんに向かってギャンギャンと憤っていると、罠を撒いていたお育て屋さんが「もうじき手持ちの罠作成キットがなくなる」と声をかけてきた。すると、彼はすっくと立ち上がり、慌ててお育て屋さんの元へと向かっていった。
「すみません、先生。これ、追加です。これで俺の手持ちも最後です。よろしくお願いします」
ペコペコと頭を下げながら罠の作成キットを渡す彼の姿は、本当に残念としか言いようがなかった。死神ちゃんが乾いた瞳で残念の背中を見つめていると、他のパーティーがやって来た。残念はそのパーティーのほうへと慌ただしく移動すると「もうじき罠も尽きるから、それまで待っていて欲しい」と頭を下げた。もはや、彼は残念を極めているとしか言いようがないほどに残念だった。
死神ちゃんが深く溜め息をつくと、お育て屋さんが「あ!」と声を上げた。どんどことやって来ては溜まっていくモンスターは虫型で、お育て屋さんはまるでゴキブリをホイホイするアレのように罠で駆除していたのだが、その中に突如として金色のものが現れたのだ。冒険者一同はそれを見るなり色めき立ち、武器を構えて虫溜まりの中へと突入していった。
「終わるまで待ってって、お願いしたじゃないですか!」
「馬鹿言え! 金色の虫は一攫千金のチャンスなんだよ! それを指咥えて黙って見てろってか!」
「ええええ、そんなあ!」
「ちょっとお客さん、奪われる前に倒しちゃいましょ! 火力弱くても火の玉くらいなら出せるでしょ!? 早く手伝って!」
「あ、はい、先生!」
押し合いへし合いしながら冒険者達は虫にまみれた。金色を奪われてたまるものかと、お互いに邪魔し合いながらの戦いだったため、彼らは虫に噛まれまくっていた。痒みに耐えながら必死で戦う彼らだったが、黒い虫の何倍もの硬さがある金色の虫は中々にしぶとく、おかげで虫が力尽きる前に冒険者達のほうが先に力尽きた。
死神ちゃんは累々と転がる死体と灰を至極残念そうに見つめ、ぼんやりと〈そういえば、こいつ、前も金に振り回されていたな〉と思い返した。そして、溜め息をつきながら肩を竦めると、死神ちゃんは腕輪をいじって無線の回線を開いた。
冒険者が壊滅したことを伝えると、死神ちゃんは場所を占拠しておくべく座り込んだ。――そう、あの男と同じように、残念そうに膝を抱えて。
――――経験値を稼ぐのも金を稼ぐのも、ズルをするよりはコツコツと頑張ったほうが、やっぱりいいと思うのDEATH。