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第38話 死神ちゃんと農家②

 〈二階へ〉という指示の下、死神ちゃんはダンジョン内を彷徨っていた。しかし、とても気乗りがしなかった。何故なら、〈担当のパーティーターゲット〉のいる位置が、地図上で見る限り、例の根菜の巣のところで固定されたままとなっていたからだ。

 根菜達は表立っての活動はしていないため、巣の存在を知る冒険者はほとんどいないはずだ。にもかかわらず、ターゲットは今、根菜の巣にいる。――これは、何やらまた厄介事が起きそうだなと思い、死神ちゃんはげっそりとした。


 壁抜けしてこっそりと〈巣〉に入ってみると、いつぞやの農家と根菜が楽しそうに談笑していた。ぐったりと肩を落としてその様子を伺っていると、根菜が死神ちゃんに気付いて「おう」と手を挙げた。それに釣られて振り返ってきた農家は、満面の笑みで死神ちゃんに近付くとポーチの中から飴ちゃんを取り出して差し出してきた。



「あら、お嬢ちゃん。お久しぶりね~。またこんなところまで、どうしたの?」



 死神ちゃんが呆れ顔で飴ちゃんを受け取っていると、根菜が顎をさすりながら笑顔で言った。



「そりゃあ、あねさん、この嬢ちゃんは死神だからな。姐さんにとり憑きにでも来たんだろう」


「えっ、お嬢ちゃん、死神だったの!? ていうか、私、死神が出てくるほど長居してた!? ――あちゃー、おしゃべりが楽しすぎて、うっかりしてたわー」


「……お前、何しに来たんだよ。どうせ、今回も攻略目的ではないんだろ」



 あ、そうだったと言いながら、農家はポーチからごそごそと何やら取り出した。出てきたのは小汚い麻袋で、農家はそれをニヤニヤとした笑みで根菜に差し出した。根菜は袋の中の物を少しだけ手に取ると、品定めするように顔を近づけ、そしてペロリとひと舐めした。直後、根菜はカッと目を見開いた。



「……姐さん、こいつは、えれぇ上物じゃねえか」


「あ、本当に? いやあ、今回のは特に一押し品でねー」



 根菜の見開いた目は焦点が合っておらず、身体は小刻みにふるふると震えている。農家は揉み手をしながら、依然ニヤニヤとした笑みを浮かべている。――どう贔屓目に見ても、彼らは〈ヤクのキマったヤクザ〉と〈ヤクの売人〉にしか見えなかった。

 死神ちゃんが引き気味にその光景を眺めていると、根菜は興奮した様子で袋の中の物を貪り出した。すると、男前のために先日切り落としたはずの腕が、凄まじい速度でズルンと生えて元通りとなった。その様子を一同が驚愕の表情で見守っていると、根菜は晴れやかな笑顔でうんうんと頷いた。



「本当に、こいつは素晴らしく上物だ! こんなにいい肥料に出会えるとはなあ!」


「肥料なのかよ! 紛らわしい反応しやがって!」


「肥料の他に、何があるってえんだよ。――姐さん、こいつ、いかほどですか?」


「えっとねえ、このくらいなんだけど――」


「――おい、てめえら。姐さんに、この倍額を包んでやんな」



 あにさんの指示に「へい!」と答える三下根菜達と、恐縮しつつも断らずにちゃっかり倍額の代金を受け取る農家から、死神ちゃんは何となく視線を逸らした。何て言ったらいいか分からないが、〈付き合いきれない〉と思ったというのが妥当だろう。

 死神ちゃんがハンと短く鋭く息をつくと、農家が「じゃあまた、ご贔屓に」と言って〈巣〉から出て行った。死神ちゃんが慌ててその後を追うと、彼女は何故か〈一階への階段〉とは別の方向へ向かって歩き出していた。



「おい、一階に戻って、俺のこと祓わないのかよ」


「ふふん、私、こう見えても結構レベルの高い戦士なんだから。だからね、二階くらいじゃあ死にはしないの。というわけで、ちょっと寄り道をします」


「その自信が過信になって、命取りとならなきゃいいがな。――で、寄り道って、何だよ」


「――私がどうしてこの前、この二階に畑を作ったか、分かる?」



 農家は不敵に笑うと、自信たっぷりに話しだした。

 二階には植物系モンスターとの遭遇スポットがいくつかある。他の階と比べても多い割合で遭遇する上に、複数種類と出遭うことができる。なので、二階は植物にとってとても快適な空間なのではないかと彼女は考えたのだそうだ。なにも、水源があるからというだけではなかったらしい。



「というわけで、今から植物系モンスターと遭遇できるポイントに行きます。そして……じゃーん! これを試そうというわけなんですよね~!」



 言いながら、農家はポーチから小瓶を取り出した。死神ちゃんが胡散臭そうな目でそれを見つめていると、農家はニコニコと笑いながら胸を張った。



「我が家秘伝の肥料レシピに、私独自の改良を重ねて作った液体肥料の試作品一号なんだけどさ、さすがに試作段階のものをマンドラっちに試してもらうのも気が引けるから、ダンジョン内の適当な草で試そうと思って! 観察日誌もきちんとつけて、何日かかけて経過観察するんだー!」


「……なんか嫌な予感がするのは、俺だけかな」


「なにおう!? 今度こそ、絶対にうまくいくもん! 私は! これで! 農家界のトップをる! 目指せ、金賞受賞!!」



 農家は握りこぶしを高く振り上げると、高笑いをしながら何処かへと走り去った。死神ちゃんはボリボリと頭を掻き、肩を落としてため息をつくと、農家の後をゆっくりと追いかけた。


 追いついた死神ちゃんが背後に立ったのも気にすることなく、農家は植物系モンスターの傍にしゃがみこんで作業をしていた。このモンスターは攻撃行動をとらなければ攻撃してこない種類であるため、農家は攻撃とみなされないよう気をつけつつもあちこちに触れては記録をとり、経過観察がしやすいようにとタグを付けていた。満足のいく記録がとれると、彼女は瞳を燦々《さんさん》と輝かせながら液体肥料を撒いた。しかし一転して、彼女はがっかりと肩を落とした。



「ちぇー。普通の草じゃなくてモンスターなんだし、すぐさま反応が出てくれると思ってたのになあ。何も起こらないや」


「起きてたまるかよ。――さ、ほら、とっとと死ぬか、俺を祓いに行くかしてくれよ」


「えー、物騒なこと言うなあ。この前はあんなに可愛らしかったのに」



 農家は不満気に頬を膨らませると、しぶしぶ立ち上がった。死神ちゃん達はその場から立ち去ろうとして草に背中を向けたのだが、そのまま歩き出さずに立ち尽くした。農家は気まずそうに目をしばたかせると、視線だけを死神ちゃんに向けてポツリと言った。



「ねえ、今、何か動かなかった?」


「お前が撒いた種だろうが。お前が責任持って確認しろよ」


「私が撒いたのは種じゃなくて肥料だもん!」


「うるせえよ! いいから早く確認しろよ!」



 死神ちゃんが目くじらを立ててそう言うと、農家は恐る恐る後ろを振り返った。そして彼女は顔を青ざめさせて「げっ」と呻いた。その声に釣られて振り返ってみた死神ちゃんもまた、同じような呻き声を上げた。


 ビクビクと全身を震わせながら、草がねっとりとした液体を吐いていた。段々と激しくなっていく震えを伴いながら、草はみるみると巨大化していった。天井まで到達するほど大きくなっても成長は止まらず、苦しそうに頭を垂れる草に押された天井は魔力のひずみを生じさせてパリパリと音を立てた。

 まるでイカやタコの脚のように根っこをうねらせる草を呆然と見つめていると、その根っこの間から花芽が伸びでた。花が咲き、種が落ちると、その種から草が生えてきた。その草は〈肥料を与える前の形〉を成してはおらず、巨大化した草のミニチュア版という感じで、根っこをうねうねとさせながら方々を勝手に彷徨い始めた。


 農家は額いっぱいに脂汗を浮かべると、引きつった笑顔で親指をグッと立てた。



「えっと……。実験成功ってことで、いいのかな!?」


「いいのかなじゃねえよ! どうするんだよ、これ! 責任とって何とかしろよ!」



 農家は引きつった顔のまま背中に背負っていたくわを構えると、捨て鉢になって植物の群れに突っ込んでいった。しかし、この新生モンスターの強さは〈二階の草〉の比ではなかった。敢えなく撃沈して灰になった農家は霊界に降り立つと、無責任にも祝福の像ではなく一階に向かって走り去った。

 死神ちゃんは呆然とすると、表情もなく腕輪を操作した。そして本日の責任者であるケイティーを呼び出すと、「これ、〈ダンジョン修復課〉と〈あろけーしょんせんたー〉のどちらに問い合わせたらいいですかね」と言って助けを求めた。





 ――――なお、この後、〈ダンジョン修復課〉と〈あろけーしょんせんたー〉の精鋭達がこの草を〈お片づけ〉しようとしたのですが、あまりの強さに倒すことが出来なかったため、ビット所長が喜んでお持ち帰りしたそうDEATH。


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