銀勤務中、持ち場が隣り合う同僚に断りを入れると、死神ちゃんはお昼寝を始めた。しかし夢の世界に降り立ってすぐに、死神ちゃんは違和感を感じて
フラフラとした足取りでベッドから降り、ミニチュア化したベッドを慌ててポーチにしまい込んでいると、背後にぬめっとした何かを感じた。恐る恐る後ろを確認した死神ちゃんは、恐怖で顔を歪ませた。
「ぎゃあああああああ!!」
「うふふふふふ。そんなに喜んでくれるだなんて、ボク、嬉しいなぁ」
背後には、ニタリとした気持ちの悪い笑みを浮かべた〈
「何で? どうして!?」
「最近、死神ちゃんを見かけないなあと思って、ボク、頑張っちゃったんだぁ。どのフロアのどこら辺に死神ちゃんがいるのかとか、いつ頃おねんねするのかとか、どのタイミングなら他の死神に邪魔されずに死神ちゃんのことを眺めていられるかとか、一生懸命調べたんだよぉ。ね、偉いでしょ? 褒めてよ、褒めてよぅ」
「誰が褒めるかよ!」
死神ちゃんは怒りに任せて鎌を振った。肩を怒らせてゼエゼエと息をついていると、切り刻まれたことで散り散りに散ったヤッピンの魂が死神ちゃんの目の前で光を伴いながら集まってきた。一度切り刻まれた魂は死体のすぐ傍で再び形を成すのだが、どうやらヤツは死神ちゃんのお昼寝場所のすぐ隣でわざわざ死んだようだった。
ヤッピンは形を取り戻すと、嬉しそうにニタリと笑った。そして、じりじりと後退する死神ちゃんにゆっくりと近づいた。
死神ちゃんは勢い良く浮かび上がると、猛スピードで飛び始めた。後ろからは、楽しそうなヤッピンの声が延々と聞こえてくる。眠ることがほとんど出来なかったどころか目覚めも最悪だった死神ちゃんは、グズグズと泣きながら逃げ惑った。死神ちゃんが耐えきれずに盛大な泣き声を上げ始めると、異変に気づいた同僚が隣の区画からやって来て、ヤッピンを片付けてくれた。
同僚が気を利かせてくれて、死神ちゃんは一度社内へと戻った。その後、ヤッピンが目撃されることはなかったため、死神ちゃんはお昼寝が終わると再び銀勤務へと戻っていった。
それからしばらく経ったある日、死神ちゃんは先日とは別の階の別の区画で銀勤務に就いていた。お昼寝用ベッドに入ると何故か勝手にネグリジェへと服が変化するのだが、短パンを履いてきた本日はネグリジェではなくパジャマに変化した。何とも細かい仕様にクスリと笑みを浮かべながら床に就いてからしばらくすると、何かがもそもそとベッドに侵入しようとしてくる気配がした。死神ちゃんが慌てて飛び起きると、そこには案の定ヤッピンがいた。
「あ、起こしちゃったぁ? ごめんねぇ」
「うわああああああ!」
死神ちゃんが絶叫して鎌を振ると、前回と同様に死神ちゃんのすぐ目の前でヤッピンの魂は復元した。ヤッピンはベッドのミニチュアを手に硬直した死神ちゃんを舐めるように観察すると、幸せそうにニヤニヤと笑みを浮かべた。
「お洋服、新調したんだねぇ。前のワンピースも可愛かったけど、ショートパンツも可愛いねぇ。そのプリプリの太ももに、頬ずりしたいなぁ」
つい先日、膝裏好きの変態に絡まれた際に、死神ちゃんは冒険者から〈絶対に長ズボンの方がいい〉とアドバイスを受けた。それを漠然と思い出した死神ちゃんは〈初給料が出たら、絶対に長ズボンを買い足そう〉と固く心に誓った。
死神ちゃんはヤッピンが頑張って手を伸ばしても届かないの位置まで浮かび上がると、苦々しい表情で吐き捨てた。
「忘れた頃にやって来るとか、何なんだよ! むしろ、そのまま忘れていたかったんだがな!」
「そんな、ひどいよひどいよぉ。ボクはこんなにも死神ちゃんに会いたかったのにぃ! 一定回数以上切り刻まれなければ消滅しないし、生き返ってからしばらくすれば魂の質量も回復するからねぇ。末永く死神ちゃんの傍にいたいから、魂の傷が癒えるのを待ってたんだぁ。だから、会いに来るのが遅くなっちゃった。ごめんねぇ」
「俺は! 二度と! お前になんかとは! 会いたくない!!」
「またまたぁ。照れ隠しだって、ボク、知ってるんだからぁ。――ああ、ワンピースだったら、あの可愛いカボチャパンツを拝めただろうになぁ。やっぱり、パンツも可愛いけど、ワンピースのほうが最強だよねぇ」
届きもしないのに、ヤッピンは一生懸命に手を伸ばしながらジャンプを繰り返していた。死神ちゃんは、全身に鳥肌が立つのをぞわぞわと感じた。
例のごとく逃避に尽力した死神ちゃんだったが、やはりヤッピンは諦めることなく追いかけてくる。べそべそと泣きながら頑張って逃げる死神ちゃんだったが、やはりきちんと休憩が出来なかったせいで飛行速度が徐々に落ちていった。逃げきれないのではという恐怖で死神ちゃんはわんわんと泣き始めたのだが、一転して明るい表情を取り戻すと、まるで最後の力を振り絞るかのように飛行速度をできうる限り早めた。そして、死神ちゃんはあるモノの後ろにするりと回り込んだ。
ヤッピンの目の前には死神ちゃんではない別の死神が威圧感たっぷりに立ちはだかり、行く手を阻んでいた。他の死神より一回り二回り大きいその死神がゆらりと動くと、さすがのヤッピンも竦み上がり、慌ててその場から立ち去ろうとした。しかし、大きな死神は問答無用でヤッピンを切り裂いた。
ヤッピンの魂が霧散して死体の場所へと戻っていったのを確認すると、大きな死神は振り返って死神ちゃんの頭をグリグリと撫でた。
「
「うっ……ぐすっ……そんなの、全然嬉しくないです、グレゴリーさん」
大きな死神――グレゴリーは本日の担当責任者だった。彼は〈死神ちゃんがまたストーカー被害に遭っている〉という他の死神からの通報を受けて、助けに来てくれたのだという。死神ちゃんはグレゴリーにお礼を言うや否や、不機嫌そうに眉根を寄せた。
「ていうか、幼女の体にされてなかったら、こんな被害にも遭ってないんですけど」
「でもよ、最近になって俺らの仕事にも張り合いが出てきたのって、お前のその〈おもしろい状態〉が要因の一つだったりするんだよなあ、残念なことに」
死神ちゃんは頬を真っ赤にしてプスプスと怒った。おかしそうにゲラゲラと笑うグレゴリーを睨みつけると、死神ちゃんはそのままの調子で彼に質問した。
「ていうか、何なんですか、あいつ! モンスターとして登録のある種族の中にも、冒険者としてやってくる種族の中にも、あんなの見たことないんですけども!」
「あいつなあ……。〈不確定名〉すぎるよなあ……。本当に、何なんだろうな。俺も知りてぇよ」
言いながら、グレゴリーは首を傾げた。何でも、過去にフェアリーやピクシーのレプリカが指示とは違う異常な動きを見せた際、不具合の原因を探っていたらあの〈
そして、死神ちゃんの一件以降、ヤッピンも正式に〈ブラックリスト〉に名を連ねたのだが、ヤツは死神ちゃんを追い求めてダンジョン内を徘徊しているはずにもかかわらず、何故だか誰にも目撃されないのだという。だから、先回りして排除したり、ヤツの目撃情報を元に死神ちゃんのシフトに手を加えるということも、残念ながらできないのだそうだ。
「そんな〈わけの分からない生物〉だから、ビット所長が〈研究対象として捕獲できないものか〉とか言ってるらしいんだけどよ。お前、どう思う?」
「いやいやいや、やめてくださいよ、そんな! それに、それって俺の身だけじゃなくて、本物のフェアリーやピクシーのみなさんの身も危ないでしょう!」
「だよなあ……」
グレゴリーはボリボリと頭をかくと、待機室へと帰っていった。一旦落ち着くべく、一度帰ることになった死神ちゃんもまた、彼の後に続いて壁の中へと消えていったのだった。
――――いっそのこと、