冒険者に背負われて、死神ちゃんは一階の教会へとやってきた。しかし、いつもの適当かつ胡散臭い雰囲気はどこにもなく、教会の面々は物々しい雰囲気で忙しそうに動き回っていた。
祭壇には大司教らしき妙齢の女性と幼女が立っていた。いつもの小汚い爺さんが脇で手を揉みながら腰を低くしているから、きっとこの女性と幼女は〈視察に来た教会のお偉いさん〉なのだろう。
冒険者もこの〈いつもとは違う雰囲気〉に気圧されたのか、教会に入るのを一瞬ためらっていた。しかし、死神を祓わないことには地上に出るのも叶わない。冒険者は、遠慮がちに教会へと入っていった。
すると、荘厳な雰囲気を醸しながら冒険者が近くへとやってくるのを待っている大司教の近くで所在なさ気にしていた幼女が、俯かせていた顔を上げてじっとこちらを見つめだした。――整った顔立ちの、透き通るようなアメジストの瞳の女の子だった。
可愛らしい幼女に見つめられていることにびくびくとしながら、冒険者は大司教の前までやって来た。そして彼は、死神ちゃんを背中から降ろした。と同時に、女の子がほっぺたをピンク色に染めて嗚呼と叫んだ。
「お母様、この子だわ! おじさんとお姉ちゃんが言ってた、死神の女の子よ!」
死神ちゃんが怪訝な顔で押し黙っていると、女の子は〈おしゃべりさん〉と〈お姉ちゃん〉のことをたどたどしく話しだした。死神ちゃんは思わず、素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「〈アイドル天使ソフィアたん〉って、お前かあ!」
「ええ、そうね。おじさん達は何故かソフィアのことをそう呼ぶのよ」
ソフィアは恥ずかしそうに肩を
死神ちゃんが驚愕のあまり固まっている横で、冒険者はお祓いのための代金を支払っていた。死神ちゃんにはにかみの笑顔を向けていたソフィアはそれに気がつくと、母親である大司教に必死にしがみついた。
「待って、お母様! まだお祓いしないで! ソフィア、死神ちゃんともっとお話したい!」
「そうは言ってもね、お祓いしないと、このお兄ちゃんがとても困るでしょう?」
「でもお祓いしちゃうと、死神ちゃん、ダンジョンのどこかに帰っていっちゃうんでしょう? そんなの駄目! いやよ、いやいや!」
大司教と冒険者がソフィアの駄々に困り顔を浮かべると、柱の陰にでも隠れていたのか、〈おしゃべりさん〉と〈お姉ちゃん〉が現れた。彼らは爽やかな笑みを浮かべると、冒険者を挟み込んで肩を抱き腕をとり、柱の陰へと冒険者を連れて行った。死神ちゃんがあとから追いかけて行ってみると、彼らは優しい声で冒険者に話しかけていた。
「我が愛しの〈アイドル天使〉の頼みを聞き入れてくれたら、私がこの街最高の食事をご馳走してやろう」
「私も、あなたに好きなことさせてあげちゃう! 巫女に戻る可能性もあるからにゃんにゃんは駄目だけど、お触りくらいだったら許しちゃうかなあ!」
「……お前ら、さすがに〈これはソフィアの耳には入れられない〉っていう自覚はあるんだな。ていうか、姪っ子好きすぎだろ」
兄妹は「当たり前だろう」と声をハモらせた。死神ちゃんがげっそりと肩を落とす横で、冒険者が〈お姉ちゃん〉の豊満な胸をチラチラと見ていた。彼の鼻の下は完全に下がりきっていて、それを見た死神ちゃんは〈当分帰れそうにないな〉と悟った。
兄妹は冒険者を連れて柱の陰から出てくると、ソフィアに「死神ちゃんと好きなだけお話して良い」と告げた。ソフィアは満面の笑みで叔父と叔母、そして冒険者にお礼を言うと、教会の隅の椅子のほうへと死神ちゃんの手を引いて移動した。
ソフィアは死神ちゃんが腰掛けるのを待ってから、自分も腰掛けた。そして遠慮がちに笑うと、わがままを言ったことについて詫びた。そこで一度口を閉ざすと、彼女はじっと死神ちゃんを見つめた。死神ちゃんが不思議そうに首を傾げると、ソフィアは物憂げな表情を浮かべた。
「あなた、本当は〈おじさん〉なのね。見た目だけ女の子にされちゃって、そのせいですごく苦労して。変な人が多くて、大変だったでしょう?」
死神ちゃんが驚いて何も言わずにいると、ソフィアははにかんで肩を竦めた。
「ソフィアね、いろいろなものが
心配そうにしょんぼりとしたソフィアに、死神ちゃんは笑いかけた。そして彼女の頭に手を伸ばすと、死神ちゃんは優しく撫でてやった。
「お前、すごくいい子なんだな。たしかに辛いことも多いけど、でも、俺は独りじゃないから。だから、大丈夫なんだ。本当に、ありがとうな」
死神ちゃんが再びニコリと笑うと、安心したのか、ソフィアもニコリと微笑んだ。死神ちゃんはそのまま続けて、申し訳なさそう言った。
「悪い。そろそろ、仕事に戻らないと」
「あ、そうよね……。じゃあ、せめてお歌だけ聞いていって欲しいわ!」
彼女は歌が得意らしく、〈秘密のお友達〉となった死神ちゃんにお歌のプレゼントをしたいということだった。死神ちゃんが快く承諾すると、ソフィアは満面の笑みを浮かべて死神ちゃんに抱きついた。
ソフィアが歌うと聞くや否や、兄妹はどこからともなくソフィアの肖像画の貼られたうちわを取り出した。死神ちゃんが呆れ顔でそれを眺めていると、〈おしゃべりさん〉が冒険者の肩を得意気に叩いた。
「貴様、運がいいな! ソフィアたんのお歌はな、様々な祝福の効果があるから、本来は高い金を積まないと聞けない代物なんだぞ!」
死神ちゃんは、その言葉を聞いて冷や汗をかいた。そして〈やっぱり、お気持ちだけで結構〉と伝えようとしたのだが、死神ちゃんが口を開く前にソフィアは歌い始めた。
歌はとても微笑ましく、可愛らしい踊りもついていた。姪っ子大好きな兄妹は、ソフィアの
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気が付くと、そこは寮の自室だった。視線だけをちらりと横に動かすと、そこには濡らしたタオルを絞っているマッコイがいた。
ソフィアの聖なる歌声に
「そんな、じゃあ、またお前やみんなに迷惑を――」
「あの子、年に二回はダンジョン内の教会に来るんだけど、毎回抜き打ち来訪なのよね。だから対策も十分にはできなくて、そのせいで毎回、今日みたいなことが必ず起こるのよ。だから、気にしなくていいわよ。――ご飯、食べられそう? 食べられそうなら、何か用意するけれど。どうする?」
優しく笑いながら、マッコイは死神ちゃんの額にタオルを乗せた。死神ちゃんは目を潤ませて呟くように言った。
「これから出勤のお前に、これ以上迷惑かけたくない……」
「甘えるべき時には、きちんと甘える。――これね、この寮のルールよ。まあ、
マッコイは微笑むと、ちらりと視線を横に投げた。死神ちゃんも釣られてそちらを見てみると、飲み物や果物がたくさん机の上に置かれていた。
服もパジャマに替えられており、これは天狐と揃いのネグリジェしか持っていない死神ちゃんのために〈熱で汗をかいた時にはどんどん着替えたほうがいいから、一人でも簡単に着られるものを〉ということで、替えのパジャマも含めて同居人達が用意してくれたものらしい。
死神ちゃんの涙腺が決壊すると、マッコイは笑顔で小首を傾げた。
「で、何か食べられそうなもの、ある?」
「……おかゆ、
マッコイは頷いて立ち上がると、部屋のドアを開けた。すると、心配顔の同居人達が雪崩れ込んできた。マッコイは彼らに死神ちゃんの看病を任せると同時に、おもむろに腕輪を触りだした。どうやら無線が入ったらしい。
「――え? ペドが焦げた? やっぱりね。さっき出したシフト変更、それも織り込み済みで出してあるから大丈夫よ。とりあえず、焦げたのを運ぶのは嫌だし、再生終わるまでそっちで面倒見ておいてもらえる?」
言いながら、マッコイは部屋から出て行った。残された住人達は苦笑いを浮かべていた。そしてそのうちの一人が、笑いながら言った。
「そんなわけだから、全然気にする必要はないぜ、薫ちゃん。年に二回の恒例行事だからな、俺らも慣れっこだし」
死神ちゃんは嗚咽混じりにみんなに感謝した。みんなは微笑みながら、死神ちゃんの頭を
――――独りじゃないって、本当に素敵なことなのDEATH。