三階の祝福の像付近のとある部屋に、〈
死神ちゃんは〈とり憑き〉を行うべくゆっくりと近づき、そして天井から真っ逆さまに落ちて来るような感じで男の視界に入り込んだ。すると、男は一瞬驚きの表情を浮かべた。――しかし、男の視線はすぐさま死神ちゃんから外され、別のところを向いた。
――――ドカンッ!!
どうやら、男は宝箱を開けようとしていたようだった。死神ちゃんの目の前には蓋が吹っ飛びもうもうと黒い煙を吐き続けている宝箱と、そして上半身が真っ黒に焦げた男の死体があった。
ドサリと音を立てて倒れた男の亡骸を見つめながら、死神ちゃんは悩んだ。――どうしよう、とり憑く前にターゲットが死んでしまった。
死ぬ間際にこちらのことを一応認識したようだから、例え生き返ったとしてもここへはもう戻ってこないかもしれない。これは、一度待機室に戻ったほうがいいのだろうか。――そんなことを考えながら、死神ちゃんが上に指示を仰ごうかと迷っていると、男の亡骸が光に包まれ、そして消えた。蘇生が成功して、祝福の像のところで肉体が再生されたのだろう。
死神ちゃんは小さく溜め息をつくと、相談をするべく腕輪を弄った。すると、誰かが走りながら近づいてくる音がして、死神ちゃんは警戒して天井付近まで浮かび上がった。
「嘘だろ!? 絶対間に合うと思ったのに!!」
近づいてきていたのは例の男だった。彼は慌てて部屋の中に飛び込んでくると、眼前で消えていく宝箱を目にして膝から崩れ落ちた。
「ええええええ、戻ってくるかな、普通!」
「戻ってくるに決まってるだろう、普通!」
思わず、死神ちゃんはツッコミを入れた。すると、彼が死神ちゃんを見上げて涙目で叫んだ。
「お前が邪魔しなかったら、解錠成功してたかもしれないのに! 死んだせいで、中身も取り損ねたし!」
「いや、そもそも中身なんてなかったみたいだが」
「またかよ! うわあああああああ!!」
彼は床をバンバンと叩きながら、俯いて肩を震わせた。そして、顔を上げることなくポツリと呟いた。
「いくら幸運値が低いからって、そんなの、ねえよ……。何でなんだよ、いつもこんなんばっかり……」
そのまま、彼はすすり泣きをし出した。本気で悲しいのか、尖った耳がみるみる赤く染まっていく。――そう、彼はエルフだった。
「泣くなよ、男だろ?」
「うるさい、お前に俺の悲しみが分かるか!」
死神ちゃんがポンと肩を叩くと、彼が涙でぐしゃぐしゃになった顔を勢い良く上げた。そして、ぶちぶちと愚痴を勢い良く溢れさせた。
「たしかにエルフは幸運値が低いよ。でもさ、トレジャーハントは
彼がようやく静かになったところで、死神ちゃんはポツリと返した。
「何て言うか……残念だな……」
彼にとって〈残念〉は禁句だったらしく、彼は「残念って言うな」と叫びながら両手で頭を抱えて仰け反った。
死神ちゃんは面倒臭そうに顔をしかめると、溜め息混じりに「俺が死神だと気づいているか?」と火に油を注ぐようなことを言った。すると、彼は自身の身を案ずるよりも何よりも先に、お祓い代金が足りるか否かの心配をし始めた。――彼は、ことごとく〈残念〉であった。
金策に悩んだ彼は結局、地道にモンスターを倒してドロップ品や宝箱の解錠に挑戦していくことに決めたようだった。
彼はデコイを用意して、そこに群がった動きの遅いゾンビを一体一体丁寧に倒しては、消えた死骸と入れ替わりで現れた雀の涙ほどの金に落胆した。回復薬がドロップしてくれて、そしてそれを売り払ったほうが、まだ実入りがいいからだ。
同じ場所でちまちまと戦い続ける彼を、死神ちゃんは退屈そうに眺めていた。そろそろお昼寝タイムも近づいてきたし、とっとと金が貯まるか死んで灰化するかして欲しいと死神ちゃんは思った。
「なあ、まだ宝箱開けんのか? さっきから失敗続きだろ」
「うるせえな、気が散るから黙ってろよ! ――あっ!」
案の定、彼は解錠に失敗した。あろうことか、宝箱に仕掛けられた罠は毒針で、彼の顔色はみるみる青ざめていった。
「毒消し……。買えるくらいは貯まってるかな、お金……」
「そっちの心配かよ! 自分の身体じゃなくて!?」
「あ、〈腐った革鎧〉っぽいものが入ってる。これ売れば少しは足しになるはず」
彼は死神ちゃんの言葉を気にすることなく、喜々として革鎧を腰につけていたポーチの中に押し込んだ。それは死神ちゃんがマッコイから貰ったポーチにそっくりの代物で、大きな革鎧をひと飲みに飲み込んだ。
彼は立ち上がると一階目指して歩き始めた。姿くらましの技を駆使し、モンスターに気付かれることなく進んでいたのだが、時折姿を現してはゾンビをちまちまと倒していた。
「おいおい、毒食らってるんだろ? 戦ってないで一階目指せよ」
「ゾンビは! 毒消しをドロップすることがあるんだよ! ドロップしたら節約になるじゃないか!」
「いちいち残念だな!」
「だから、残念って言うなって、言ってるだろ!?」
しかし節約目的の戦闘は、ただ単に体力を消耗させるだけだった。うわ言のように「お金、足りるかな……」と呟き、それで頭の中がいっぱいになっていた残念な彼は、二階にある回復の泉をうっかり素通りした。そんな彼の後ろを、死神ちゃんはげっそりとした顔をしてついて行った。
一階の店舗街にようやく到達すると、毒で青ざめていたはずの彼の顔が心なしか赤らんだ。「もうすぐ、もうすぐ」と繰り返し自身を鼓舞させ、足を引きずりながら歩いていた彼だったが、あと一歩で道具屋というところで灰と化した。
「あーあ、この子、今週これで三回目だよ。冒険者、向いてないんじゃないかしらねえ」
店のおばちゃんにちりとりで集められ、教会に運ばれていく灰を見送ると、死神ちゃんは自分の世界へと帰っていった。そして帰る道すがら、死神ちゃんはこんなことを思った。
灰と隣り合わせのロマン。世知辛さと隣り合わせの青春。非なるものなはずだというのに、イコールで結ばれてしまう二つの事柄。自分らしく生きようとすると、そんな残念な事態が起こってしまうのは致し方がないことである。しかしながら、〈生きる〉ということは、どこの世界でも等しく難しいことなんだなあ――と。
――――結局のところ、地獄の沙汰も金次第なのDEATH?