「最近、追い剥ぎ専門の盗賊団が出るらしいのよ」
世も末ね、と言うとマッコイが溜め息をついた。
簡単に攻略されてしまっては困るが、誰も攻略しようと思わなくなるのも困る。だから、ダンジョン内の宝箱からは実用品から滅多にお目にかからないようなお宝品まで、ありとあらゆる物が出てくるようになっている。そのため、当初の〈王家にかけられた呪いを解く〉という目的ではなく、トレジャーハント目的でやってくる者も少なくない。そして、大抵の冒険者はその冒険の過程で手に入れた品々を売ることによって日銭を稼いでいるわけだが、中には自らの手で稼ぐということはせず、他の冒険者を襲い所持品を奪うことによって生計を立てるという、とんでもない者もいる。
ダンジョンの中は〈ほぼ無法地帯〉の扱いのため、仮に
「アタシ達的には、何も装備せずうろうろしている冒険者なんてカモ同然だし、お仕事が楽に済むから大歓迎なんですけど。でもホント、どうかしてるわよねえ」
死神ちゃんが同意すると、マッコイはいたずらな笑みを浮かべて続けた。
「
「勘弁してくれよ」
死神ちゃんが顔をしかめると、冗談よと言ってマッコイが笑った。――それにしても。装備品まで喜んで差し出させるとは、その追い剥ぎ達は一体どれだけの
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死神ちゃんは顔をしかめて、だりだりと汗を掻いていた。目の前には冒険者が尻もちをつき、ガクガクと体を震わせている。しかしそれは、死神ちゃんへの恐怖でではなく、その周りにたむろしている者達への
「我らはバッドチューリップ団! 命が欲しかったら、一切合切置いていくんだな!」
「何だよ、バッドチューリップって! 悪ノリした幼稚園の年長さんかよ!」
集団のリーダーと思しきお子様が胸を張って得意気にポーズを決めたところに、死神ちゃんが思わずツッコんだ。すると、メンバーの一人がふええと泣き出し、もうひとりが頬をぷっくりと膨らませた。
「ふざけるなよ、新入り! お前はどうかは知らないがな、俺達はこれでもちゃんと成人してるんだ! ――親分、俺らのナイスでイカしたグループ名に文句つけるだなんて、この新入り、お仕置きが必要のようですぜ!」
「いやいやいや、何勝手に俺をメンバーにカウントしてるんだよ!?」
「うむ、あとでたっぷり、その体に分からせてやろうじゃあないか」
「ちょっと待て、勝手に話を進めてんじゃねえよ!」
憤る死神ちゃんを無視して、追い剥ぎ達がそうだそうだと言い合い、そして頷き合った。その声はどれも甲高くて可愛らしく、本人達的にはニヒルに決めているつもりだろうが、愛らしいの言葉以外当てはまるものは何もないというくらいに可愛らしかった。そして、成人していると言い張る彼らには申し訳ないが、〈年長さん〉というのは正直、言い得て妙だった。――そう、彼らは小人族だった。
〈
冒険者は喜び勇んで金品をまとめて鎧を脱ぐと、死神ちゃん含めた〈お子様全員〉の頭を撫でて回った。まるで、無事にお遊戯会を終えた子供達を褒め称える保護者か何かのような態度だった。
笑顔で去っていった冒険者は、そのまま罠に嵌って灰化した。チューリップ団は遠くでこんもりと積もっている灰の塊を不思議そうに眺めていたが、すぐにメンバーの誰かが「帰ろう」と言い出した。喜々とした顔で袋に略奪品を詰める彼らを尻目に、死神ちゃんはそそくさとその場を去った。
自分が思い描いていたような手練ではなかった。しかも、襲われるどころか、仲間として認識された。これは、いかがなものか。――死神ちゃんはこのもやもやをマッコイに愚痴りたかった。しかし待機室に戻ってきてすぐに、死神ちゃんは先ほどと同じ階への出動要請を受けた。嫌な予感がしていた死神ちゃんだったが、その予感は残念なことに的中した。
「おい、新入り! お前、何も言わずに勝手にどこかへ行くんじゃねえよ!」
「これはやはり、お仕置きが必要のようだなあ」
死神ちゃんがげっそりとしていると、先ほどと同じように冒険者は彼らの目の前に〈おひねり〉を置き、頭を撫で回し、そして去り際に罠に嵌って灰と化した。
「まさか、冒険者に間違われて襲われるどころか、勝手に仲間にされちゃうだなんて……」
待機室に戻ってみると、モニターブースにいたマッコイが笑いを堪えながら死神ちゃんを出迎えた。死神ちゃんが不機嫌にムスッと顔をしかめると、同じくモニターブースにいたケイティーがデレデレとした表情で言った。
「何あの盗賊団! あれはうっかり金品差し出しちゃうね! あの可愛らしいのの集団に
「ケイティーさんって本当に、〈可愛らしいもの〉が好きですよね……」
死神ちゃんがげっそりとした顔でそう返すと、ちょうどタイミングよく出動要請がなされた。案の定、ターゲットはあの盗賊団関連だった。そしてそれは、次の出動も、そのまた次も続いた。
被害に遭った冒険者の中には、〈四人のうち一人は死神である〉と気づいてくれて、本当の恐怖に怯えた者もいた。それを見て、チューリップ団は恐れおののくどころか〈死神が味方にいる限り、我々は最強だ〉と調子に乗った。
短時間でたくさんの成果を挙げることができるのは、とてもありがたいことだ。しかし、何をするわけでもなく「さあ、先生。やっちゃって下さい」とまで言い出す始末の追い剥ぎ達に、さすがの死神ちゃんもイラッときた。
「お前らさ、もう少し〈自力で頑張る〉ってことをしろよ」
「何を言ってらっしゃるんですか、先生。今までだってこの〈可愛さ〉だけで何とかなってきましたし、今は先生もいらっしゃるんですから」
「俺はお前らの仲間じゃないし、世の中〈見た目〉だけで渡り歩けるほど甘かねえよ」
まったまたあと笑い飛ばす一味の前にオオトカゲがのっそりと姿を現した。恐怖でぷるぷると震えながら、追い剥ぎ達は死神ちゃんにすがりついた。しかし、死神ちゃんはそれを素っ気なくあしらった。
「死神が冒険者を助けるわけがないだろう。せいぜいその〈可愛さ〉でどうにかするんだな」
「そ、そんなあ!」
彼らがどんなに泣き叫んでも、近くに助けてくれるような冒険者はいなかった。普段から〈自力でなんとかする〉ということを怠ってきた彼らは、当然のごとく蹴散らされ、そのうち一人は灰と化した。――死神ちゃんの今回のターゲットは、彼らだったのだ。
霊界に現れた盗賊団は、めそめそと泣きながら口々に「もう少し、強くなる努力をしよう」と言っていた。その様子を見てフンと鼻を鳴らすと、死神ちゃんは壁の中へと消えていったのだった。
――――虎の威を借る狐じゃあ、コンコン可愛い狐さんでいるだけじゃあ駄目。自分が虎にならなきゃ、生き残ってはいけないのDEATH。