死神ちゃんが共用のリビングに顔を出すと、マッコイが〈お知らせ掲示板〉に張り紙していた。彼がとても疲れた顔をしながら鋲を打っているのが気になり、死神ちゃんは声をかけた。すると、振り返ってきた彼は死神ちゃんの顔を見るなり苦い表情を浮かべた。
「何だよ、人の顔見るなりひどい顔しやがって」
「いや、だって、ねえ……」
言いながら、彼は張り紙に視線を這わせた。死神ちゃんは顔をしかめさせると、飛行靴でふよふよと浮かび上がり、張り紙の内容を見た。そこには、こう書いてあった。
@@@@@@@@@@
【お知らせ】
◯月✕日の戦闘訓練について、変更がございます。
・通常の戦闘訓練ではなく、新モンスター実装におけるバランス調整テスト(一回目)となります。
・新モンスター実装に伴い、新アイテムも実装致します。今回の訓練では、そのアイテム試作品についての性能テスト(一回目)も兼ねさせていただきます。
上記変更に伴い、以下に該当する者は訓練への参加を確実に行ってください。
・銃火器を扱うことの出来る者
訓練参加によりシフトの変更が必要となる者は、△日までに上長に申し出てください。
以上、よろしくお願い致します。
@@@@@@@@@@
ダンジョン修復課や死神課などの〈ダンジョンに出て業務を行う部署〉は、業務中に冒険者との戦闘が発生する可能性があるため、最低月に一回、戦闘訓練への参加が義務付けられている。
死神ちゃんは戦闘センスは生前のままらしいものの、幼女の体にいまいち慣れておらず〈昔とった杵柄〉が宝の持ち腐れ状態となってしまっていた。そのため、
戦闘訓練への参加は研修が終わり、仕事にも慣れてからということになっていた。そして、ちょうどこのお知らせに記載のある日が、死神ちゃんの訓練デビューの日だった。
「これのどこが問題なんだよ」
「……内容に思い当たること、あるわよね?」
死神ちゃんが首を傾げさせながらマッコイのほうを向くと、彼は乾いた瞳で死神ちゃんを見つめ返した。死神ちゃんは彼の言葉をしばし反芻すると、眉間の皺をみるみると深くさせた。
「まさか、嘘だろ」
「多分、そうだと思うわ。気分いいもんじゃないわよ、たくさんの〈自分に似た何か〉と対面するのって。――ていうか、急な変更だけは本当にやめてもらいたいわ。シフトを含めた諸々の調整、一体誰がやると思っているのよ」
マッコイはムスッとした顔をすると、フンと鼻を鳴らした。張り紙の内容や彼の発言から察するに、例のごとくビット所長がまたねじ込んできたのだろう。きっと今頃、〈上長〉の面々はマッコイ同様に内心おかんむりに違いない。しかし、そんな彼らに同情している余裕などは死神ちゃんにはなかった。
大量の〈自分に似た何か〉が自分の目の前で蹂躙させるさまを見なければならないとは、悪夢としか言いようがない。死神ちゃんはへろへろと地面に着地すると、ぐったりと頭を垂れ、肩を落とした。
**********
訓練当日。集合場所にて死神ちゃんが待機していると、鉄砲玉がやって来て難癖をつけてきた。彼は〈新しいレプリカのモデルデータは、どうやら
そんな彼を死神ちゃんが適当にあしらっていると、女性参加者がざわざわと色めき立った。彼女達の視線の先にはマッコイがおり、鉄砲玉がその光景に苦い顔を浮かべた。
「あの人が監督者のときは、いつもこうなんだよな。あの人、こんなときばっかり
「お前、本当に、どこまでもポジティブなんだな。凄いよ……」
死神ちゃんが呆れ返ると、鉄砲玉は髪を掻き上げながら胸を張った。死神ちゃんは溜め息をつくと、鉄砲玉から視線を外してマッコイを見やった。
マッコイは伸縮性に富んでいそうな素材の上下黒づくめという出で立ちだった。胸部と脚部に付けていたホルスターも黒だ。いつもと同じところといえば、
恐らく、この黒づくめも普段の〈村人A〉も、〈背景に溶け込みきって、他者の〈印象〉に残らないように〉という暗殺者の習慣なのだろう。こちらの世界に転生してから長いこと経っているだろうに、生前の習性が染み込みすぎていて抜けないとは。彼は一体、生前はどのような人物だったのだろうか。業界内で〈名うて〉と謳われるような人物だったのなら、きっと死神ちゃんも知っている人物に違いないのだが――。
**********
「さ、本日の訓練の説明をするから、死神課の参加者は集まってちょうだい」
マッコイの呼びかけに応えるかのように、死神課の面々が彼の目の前にギュッと集まった。マッコイは最終的な人数確認を行って結果に頷くと、さて、と言って話し始めようとした。しかしそこに、あとからやって来たビットが割って入った。
「死神課の者達よ、ご苦労。本日のテストへの参加、
「えー、そういうわけなので、この度、冒険者向けのアイテムのラインナップに銃火器が加わることになりました。今日は、その試作品のテストも兼ねます」
マッコイはビットの話を遮った。しかし、ビット所長はお構いなしにしゃべり続けていた。そんな所長を気にも留めずに、マッコイは説明を続けた。それによると、試作の銃は二種類あるそうだ。一方は普通の銃なのだそうだが、もう一方は魔力を弾に変換して撃つタイプだという。
後者は魔法生物である死神が乱用するには自殺行為となりかねないため、気をつけて使用するようにと注意喚起しながら、〈開発・管理〉の担当者が訓練参加者に銃を配り歩いた。すると突如、訓練場中に爆発音が響いた。爆発音が止み静かになると、隣の区画から怒号が聞こえてきた。
「こんなのジューゾーじゃない! ジューゾーは、〈理想の彼〉は、一体どこにいるのよ! ジューゾーはどこなの!?」
怒号を上げた主は奥へと進みながら叫んでいるのか、聞こえてくる声が段々と小さくなっていった。マッコイは額に手を当てて俯き、死神ちゃんはげっそりとした顔をした。
「――なあ、〈四天王〉も訓練必須なのか?」
「いいえ……。大方、
「お前も、そういうこと、考えてはいないだろうな……」
隣の区画へと移動しながら、死神ちゃんはマッコイを見上げた。すると、彼は不満気にフンと鼻を鳴らした。
「馬鹿言わないでよ。偽物なんて、お呼びじゃないわ。――ああ、でも、そうね」
そこで一旦言葉を切ると、マッコイは自身の腕を抱きしめた。そして、今まで見たこともない、狂気に満ちた顔で
「本物の十三様と同等かそれ以上の強さのレプリカ、果たして何体いるのかしら。考えただけでゾクゾクしてきちゃう。――ああ、駄目、
小さく嗤っていた彼の声は、次第に大きくなっていった。そして胸部のホルスターから戦闘用の
マッコイがナイフをひと薙ぎすると、レプリカが二体、どうと倒れた。近くにいた一体が彼の強襲に驚いて銃を構えたのだが、レプリカが発砲した頃には、彼は軽業師のごとくひらりと宙を舞っていた。そして音もなくレプリカの背後に降り立つと、問答無用でレプリカの喉を掻っ切った。
彼の動きを封じようと一体が跳びかかったが、彼はそれを
それは、死神ちゃんがまだ諜報員になって間もない頃に聞いた噂で、簡潔かつ確実に標的を始末するという暗殺者についてのことだ。
彼はどんなことがあろうと淀みなく、揺らぐことのない冷静さで淡々と仕事をこなした。その標的が手強い同業者であったとしても、だ。しかも彼は任務遂行中、得物のナイフを巧みに操りながら楽しそうに嗤うことがあったという。そのため、彼は〈クレイジーだ〉と恐れられた。そして見た目の印象というのも特にはなく、あえて挙げるとするならば〈狐のような細目〉というくらい。どこの組織に所属しているのかも謎でコードネームのようなものもない彼は、恐怖混じりにこのように仮称された。その名も――
「クレイジーフォックス……。もしかして、お前がクレイジーフォックスなのか!?」
死神ちゃんが叫ぶと、マッコイが振り向きざまに勢い良くナイフを投げつけてきた。思わず固く目を
ナイフは風を切りながら、そのまま死神ちゃんの上方を通過し、そして何かに当たった。死神ちゃんが後ろを振り返って見ると、そこには胸にナイフを受けた十三レプリカが立っており、レプリカは苦しみの形相で崩れ落ちていった。
死神ちゃんがゆっくりとマッコイのほうに向き直ると、彼はいつもの優しい笑顔を浮かべ、スッと人差し指を唇に当てて〈静かに〉のジェスチュアをとった。
「訓練中は、無駄なおしゃべり禁止」
直後、無線で何やら注意を受けたらしく、彼は「あら。つい、うっかり」とでも言い出しそうな表情で銃を抜くと、それを撃ちながらキョロキョロと周りを見回した。
「ちょっと、アンタ、馬鹿の一つ覚えで突っ込んでいくなって、毎回言わせないの。いい加減に〈鉄砲玉〉を卒業しなさいよ。ほら、相手の動きをよく見て――」
そう言いながら鉄砲玉のほうへと移動していくマッコイを目で追いながら、死神ちゃんは〈こいつだけは絶対に怒らせないようにしよう〉と心の中で誓った。
しかし、だ。死神ちゃんは、マッコイに圧倒されてばかりではいられなかった。死神ちゃんにも〈名うての殺し屋〉としての意地があった。この幼女の体でも
死神ちゃんはフウと深く息をつき、目を閉じた。そしてゆっくりと目を開くと、鋭い目つきで銃を構えた。
冷静に、素早く、正確に。集中して、集中して、集中して――
しかし、さすがの死神ちゃんでも集中が途切れてしまうような出来事があった。小さなイライラはどんどんと膨れ上がり、死神ちゃんはとうとう耐え切れなくなって叫んだ。
「誰だ! 造形したやつ! 出てこい、今すぐ息の根を止めてやる!」
強さだけでなく、ビジュアルも複数パターン用意しているとは聞いていた。しかし、いくつも用意するのが面倒臭くなったのか、トリックミラーに映されたかのごとく細く間延びしたものや、顔がへのへのもへじのものなど、凄まじく手抜きのレプリカが散見されるなどとは、死神ちゃんは思いもしなかった。それだけならまだしも、身体は十三なのに頭部は死神ちゃんという、何ともひどいものまでいたのだ。
「ふざけるな! 人で遊ぶんじゃねえよ! この中に、〈正しい俺〉はちゃんといるのか!? どこだ! 〈俺〉は一体、どこにいる!?」
死神ちゃんは傍からすると支離滅裂なことを喚き散らすと、怒りに任せて銃を乱れ撃ったのだった。
**********
「ずるい、私もジューゾー抱っこしたい」
「アンタ、帰る方向、逆じゃない」
アリサが不満気に目を細めると、うとうとと船をこぐ死神ちゃんを抱きかかえたマッコイが肩を竦めた。不慣れなために体力の配分を誤ったのか、はたまたあまりの怒りで思った以上に疲れたのか、訓練が終わってすぐに死神ちゃんはうつらうつらとし始めたのだ。死神ちゃんがうなされていることに気がついたアリサは、ニヤリと笑うとマッコイを見上げて言った。
「ねえ、ジューゾーってば、すごくうなされてるわよ。もしかして、あなたの変態性を垣間見ちゃったから、あなたに抱っこされるのが嫌なのかも。だからほら、私に代わりなさいよ」
「……そんな、どうしよう。薫ちゃんに嫌われちゃったら、アタシ――」
「ちょっと、そんな泣きそうな顔しないでよ! 冗談に決まってるじゃない! いじわるが過ぎたわ、ごめんなさい。だから、ね、そんな顔しないでってば!」
めそめそと肩を落とすマッコイにアリサは必死で謝り倒した。そんなやり取りが行われているとはつゆ知らず、死神ちゃんはなおもうなされていた。
死神ちゃんは夢の中で訓練を続けていたのだった。――大量の〈身体は十三・頭部は死神ちゃんなレプリカ〉を相手に。
――――自分という存在は、オンリーワンでありたいものなのDEATH。