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第17話 死神ちゃんと鉄砲玉

 死神ちゃんは魂刈たまかり置き場にて、本日使用する魂刈と腕輪との紐付け作業を行っていた。続々とやって来る早番勤務者の朝の挨拶に混じって「今帰りか。お疲れ」という声が聞こえた。とり憑いた冒険者が中々死なず、祓いにも行ってくれずで残業になった遅番の者がいたのだろう。それらしい同僚に、死神ちゃんも「お疲れ様です」と会釈をした。

 残業していた同僚に見覚えがなく、死神ちゃんは「これだけたくさん同僚がいると、いまだに会ったことがないヤツもいるもんなんだなあ」などと思いながら待機室に向かって歩いていた。すると、後ろからドタバタと何かが走って近づいてくるような音がして、死神ちゃんは何とはなしに振り返った。そして――



「ぎゃあああああああ!!」


「ああ、クソ、やっぱそうなるよな! 分かってはいたけどよ!」



 振り返った瞬間、先ほど魂刈置き場で入れ違いになった残業者が死神ちゃんめがけて魂刈を振り下ろした。怪我などは一切なかったのだが、突然の出来事と、まるで身体を真っ二つにするように魂刈の刃が身体をすり抜けていった気持ち悪さで、死神ちゃんは思わず叫んだ。



「ここで会ったが百年目! 積年の恨み!」



 そう言って、同僚は再び鎌を振り下ろしてきた。死神ちゃんはそれをするりと避けると、一目散に待機室へと駆けて行った。



「グレゴリーさん、助けてください!」


「おう、小花おはな。どうかしたか」


「何か、知らない同僚に、攻撃されるんですけど!」


「あん? 攻撃される?」



 ゴレゴリーはドタドタと近づいてくる足音に気づいて、死神ちゃんから待機室出入り口へと視線を移した。すると、三下臭漂う茶髪の男が待機室に滑り込んできた。



「グレゴリーさん。その幼女を、こっちに引き渡して欲しいっす」


「ああん? 馬鹿言ってんじゃねえよ、小花はこれから勤務なんだよ。ていうか、お前は今上がったばかりだろう。早く、帰れ帰れ」


「だったら、残業していってもいいっすか。俺、まだ、退勤処理してないんで」


「はあ? 別に人手は足りてるし、いらな――」


「残業、していきますんで!」



 グレゴリーは深い溜め息をつくと、頭をバリバリと掻いた。そして「何かあったら無線で呼んでくれ」と言い、待機室から出て行ってしまった。

 のしのしと去っていくグレゴリーの背中を死神ちゃんが呆然と見つめていると、三下が視界の中に割り込んできた。



「てめえ、俺のこと、忘れたとは言わせねえぞ」


「え、いや、お前なんて知らな――」


「あっ、出動要請来た! ……俺のいない間に、ビビッて逃げんじゃねえぞ、この変態!」



 死神ちゃんに対して凄んでいた三下は、出動要請を見て嬉々とした。そして再び死神ちゃんを睨みつけながら、もぞもぞとローブを着こみつつ出動口からダンジョンへと飛び出していった。しかし彼はすぐさま戻ってきて、死神ちゃんにガンを飛ばすのを再開した。

 すると、死神ちゃんに出動要請がかかった。戻ってきたらアイツがいなくなっていますようにと思いながらダンジョンへと出て行った死神ちゃんだったが、戻ってきた死神ちゃんを出迎えたのは仁王立ちする彼だった。しかし、すぐさま彼にも出動要請がかかり、三下はやはり嬉々として飛び出していった。

 すさまじい勢いで戻ってきた三下は、ものすごい速さで再びダンジョンへと飛び出していった。しかし、今のは自分への出動命令ではないと気づいて、慌てて戻ってきた。ひゅんひゅんと風を切りながらせわしなく右往左往する彼は、さながら鉄砲玉のようだった。



「――で。思い出したか、変態」


「だから、お前なんて知らないし、そもそも俺は変態じゃない」


「いい年したおっさんが幼女とか、変態以外の何ものでもねえだろうがよ。いい加減に思い出――」


「いい加減にするのはお前だよ!」



 死神ちゃんにメンチを切っていた三下は、何者かにドロップキックを食らわされ、ひどい呻き声を上げて吹き飛んだ。そしてその三下に代わって、ケイティーが死神ちゃんの目の前に現れた。――三下に攻撃を仕掛けたのは彼女のようだった。

 死神ちゃんがケイティーを呆然と見つめていると、マッコイを引き連れてグレゴリーが帰って来た。



「マッコイ、お前、今日非番だったんじゃあ――」


「ケイティー軍曹、本日は遅番では――」


「お前のせいだろうが、お前の!」



 ケイティーが思いきり足を振り下ろすと、その下で三下が再び呻き声を上げた。どうやら、三下に何を言っても埒があかないと感じたグレゴリーが、それぞれの班のおさであるケイティーとマッコイを呼んできたようだった。


 新しい死神が入ってくるとき、その新入りの〈被害者〉がいないかどうかを念のため調べるのだそうだ。過去に〈調べてみたら、いました〉という実例はなかったのだが、残念なことに今回もその通りとはいかなかった。

 揉め事が起こっては面倒ということで班長達があれこれと手を回してはいたものの、死神ちゃんの姿が生前とは違うので、もし鉢合わせても気づかず終わるのではとも思っていた。だが――



「それでも、いずれこうなるんじゃないかとは思っていたんですけど。でも、どうしてこんなにも早くバレたのかしら」


「できる限り、鉢合わせないようにシフトも組んでいたというのにね」


「……俺、この前、見ちゃったんっす。アリサ様に噛まれて、おっさんの姿に戻ったコイツを」



 三下によると、アリサが待機室で騒動を起こした日、彼はお休みだったのだが、所用があって社内に来ていたのだという。普段は見かけることすら難しい高嶺の花が廊下を歩いていることに興奮した三下は、アリサのあとをついて行った。そして、あの騒動を目撃した。渦中には自分を殺した憎き相手がおり、怒りと憎しみに燃えた三下は、そのとき復讐を誓ったのだそうだ。



「お前が運転手のフリしてヤクザの親分を殺そうとしたとき、お前と親分の間に飛び込んだ色男がいただろ! アレが俺だよ!」


「えっ……。悪いけど、思い出せない……」



 死神ちゃんは片手を首の付根にあてがうと、申し訳無さそうに首を捻った。三下は悔しそうに床をバンバンと叩き、憎しみの言葉を垂れ流した。



「昔のことをグダグダ言ったって仕方ないだろ。今はもう同僚なんだし、そもそも、本人、覚えていないんだし。――今月の月例賞、小花が入ってきたおかげで第三班で確定しそうなんだ。お前は既に、死神としても負けているんだよ。復讐とか馬鹿なこと言ってる暇があったら、まずは成績で小花に勝つことだね」



 そう言って三下に蹴りを入れると、ケイティーは彼の首根っこを掴んだ。そして彼をずるずると引きずりながら、待機室から出て行った。



「彼が死神としてスカウトされたのはね、凄まじいまでの鉄砲玉精神が評価されたからなのよ。上に忠実で、上からの指示には喜んで飛び出していって、どんなことがあってもへこたれずめげずに何度も何度も突撃していくっていう。だから、能力は低いのに、あり得ないまでのメンタルの強さで押し通しちゃうのよね。――つまるところ、相当しつこいわよ、彼」


「まあ、これで、シフトで悩まなくても良くなったってこった。俺らとしちゃあ、肩の荷が一つ下りたな! ま、そういうことだから、頑張れよ、小花!」



 待機室の出入り口を見つめたままマッコイが乾いた笑いを浮かべ、グレゴリーが豪快に笑いながら死神ちゃんの背中を叩いた。そして死神ちゃんは、無表情で固まったままピクリとも動かなかったのだった。





 ――――面倒臭いライバルが、出現したようDEATH?


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