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第13話 生き物

 サーシャは責任を感じているのか元気がなかった。

 夕焼けの中、彼は下を俯いてばかりで顔を上げない。


「とっさ、でした」


 と言い、彼は自分の手を見つめる。


「貴方を守らなくちゃ、と強く思ったんです。おかしいですね、俺、カミルさんのこと、よく知らないのに。そうだ。あの路地に入ったのもなんだか匂いがしてそれで、カミルさんがいると思ってそれで……」


 呟くように言い、彼は顔を上げて俺を見つめる。

 匂い。

 という言葉に俺もどきり、とした。

 そうだ、匂い。

 確か、ノエルからも匂いがした気がする。そのせいで俺は動けなくなって……

 匂いになにかヒントがあるんだろうか。いったいどういう意味なのか。考えても答えは出ない。

 互いに見つめ合いただ沈黙していると、すっ頓狂な声がどこからともなく響いた。


「サーシャ、はらへった!」


 まるで小さな子供のような声だ。


「あ、あぁ……ごめんクロハ」


 と言い、サーシャは腕に抱いている生き物を見た。

 ずっと抱っこしていたのだろう。黒くて全く気が付かなかった。

 なんだ、これは。

 黒い、犬のような生き物だ。

 でも喋った。

 それに魔力のようなものをその生き物から感じる。

 不審に思い俺はサーシャの腕の中で下を出してハアハアいっているその生き物を見つめた。

 三角の耳、真っ赤な瞳。まるっきり犬だ。だけどなにかこう、違和感がある。


「はらへった!」


 と、その犬は確かに言った。

 少年のような声で。


「……この生き物はいったい……」


 言いながら俺はサーシャの顔を見る。

 すると彼は苦笑して言った。


「あの、奈落で拾ったんです。怪我をしているみたいでそれで、カミルさんに見てほしくて」


 と言った。


「怪我、ですか?」


「はい、そうなんです。拾ったもののどうしたらいいかわからなくて……それで連れてきました」


 困った羽様子で言い、サーシャはその生き物を見つめた。

 サーシャ達を家の中に招き入れ、俺はサーシャが抱きしめる生き物を観察する。

 どう見ても犬だ。だけど犬じゃない。だって犬は喋らないからだ。ではなんだ?


「足を怪我して動けなくなっているところを拾ったんです。手持ちの干し肉をあげたら懐かれて。それで仕方なく連れ帰って来たんですけどこれ、なんでしょうか」


「コレじゃない、クロハ! サーシャ、つけた名前!」


 クロハ、というのかこの犬は。

 俺は怪我をしたというクロハの前足を手にとって観察する。


「キャン!」


 と、痛そうにクロハは鳴いた。

 どうやら前足を両方、骨折しているらしい。

 これは治すのに時間がかかりそうだ。

 俺はその前足に手をかざし、呪文を唱える。

 使うのは治癒魔法だ。何でも治せる回復魔法の方ではない。


「キャン?」


 不思議そうになき、クロハは俺を見上げた。


「骨折ですね。治るには数日かかるでしょうけど、一週間もしたら歩けるのではと思います。それまでは歩かせないようにしてくださいね」


 言いながら俺は、クロハの足に木をあてて包帯を巻く。


「そんな短期間で治るんですか?」


「えぇ、治癒魔法があれば短期間で治せます。どうやら魔獣のようですし、人間よりもずっと体力があるようですから。治癒魔法は患者の体力を消耗するものなんですよ。体力がある方が治癒も早くなります」


「そう、なんですね。あぁ、だからこの間、俺が骨を折ったやつも治るの早かったんですか?」


 あっけらかんと言われ、俺は曖昧に頷く。

 それは真実ではないが、本当の事を言うつもりもない。

 嘘をつくのは正直嫌だが、仕方のないことだ。

 彼に俺の秘密を話す日などこないだろう。そう願いたい。


「でもこの魔獣、どうするんですか?」


「あ……そこまで考えてなかった。どうしよう……」


 と言い、彼は困った様子でクロハを見上げた。

 なんだか近所で犬を拾って親に怒られている子供のような顔だ。

 クロハはきょろきょろとしたあと、サーシャの顔をみつめて言った。


「サーシャ、いっしょ! はらへった!」


「あぁ、お腹すいたよね。どうしよう、何なら食べられる?」


「はらへった!」


 これはコミュニケーションが取れているのかいないのかわかりにくい。


「食事、用意しますよ。簡単なものになりますけど」


「え、あ、でも悪いですよ」


「その魔獣を連れて食べに行くわけにもいかないでしょう」


 見た目子犬だから魔獣とは思われないだろうけれど、犬でも食堂側は嫌がるだろう。


「あぁ、そうですね。すみません」


 恐縮した様子で言うサーシャとは対照的に、クロハは、


「はらへった!」


 と、陽気な声で繰り返すばかりだった。

 ウィンナーやサラダ、バゲットにスープを用意する。

 魔獣には何をあげたらいいのか正直わからないが、ハムを用意して皿にのせ、食卓に置くとクロハは目を輝かせて椅子に腰かけ、その皿を見つめた。

 すぐにがっつかないだけの理性はあるらしい。

 涎を流しながら、クロハは俺とサーシャの顔を交互に見る。

 その様子を苦笑して見つめ、サーシャは言った。


「食べていいよ、クロハ」


 そうサーシャが言い終える前に、クロハはハムにかじりついた。

 俺たちも食事を始め、バゲットをちぎる。


「あの、カミルさん」


「なんでしょうか」


「この子も旅に連れて行っていいですか? さすがにおいてくるわけにもいかないですし、子供のようだし。でも近くに親のようなものはいなかったですし……」


 と言い、俺の様子を伺うようにじっと、俺を見つめてくる。

 あの奈落にいるモンスターはそもそもあの奈落から出られないはずだ。モンスターたちは奈落の魔力に縛られているため、あそこから離れられない。

 だからこの魔獣は奈落から生まれたモンスターではないだろう。

 では何ものだろうか。

 それは正直興味深いことだった。


「どうみても犬ですし、喋る事さえ除けば誰も咎めはしないでしょう」


 そう俺が答えると、サーシャはぱっと明るい顔になる。


「ありがとうございます。ちょっと捨ててくるには忍びなくて」


 捨てる、という言葉に反応したのか、クロハがばっと顔を上げ不安げに耳を垂らした。


「サーシャ、クロハ、捨てる?」


 しょんぼりとした様子で呟くクロハに、サーシャは必死にぶんぶんと首を横に振った。


「そんなことしないよ、クロハ! 大丈夫だから、一緒に俺といよう」


 そう言って、サーシャはクロハの頭を撫でた。するとクロハは気持ちよさげに目を細める。

 まるっきりペットだな。

 俺は注意深くクロハを観察する。

 その身体からは魔力を感じる。だけどそんなに強いものではない。

 ほかは本当にただの黒い小犬だ。首輪をした方がいいかもしれない。

 いったいどんな秘密が、この小犬にあるんだろうか。

 いますぐ身体中を調べたいが、この子は怪我をしているのでぐっとこらえた。

 一緒に旅をするのなら身体を調べる機会、いくらでもあるだろう。

 クロハは与えたハムを食べきり、目を輝かせてこちらを見た。


「おかわり! もっと!」


 と言う。

 どうやら片言でしか言葉は喋れないらしい。


「何が食べられる?」


 そう尋ねると、クロハは目を泳がせそして、カラになった皿を見つめたあと尻尾をばたばたとさせて言った。


「肉!」


「野菜は」


 俺の言葉に、クロハは沈黙して何度も目を瞬かせる。

 これはたぶん、食べられるけど好きじゃないのだろう。

 栄養を考えたら野菜も食べさせた方がいいのかもしれない。

 俺は立ち上がりクロハの皿を持ってキッチンへと向かい、それにゆでた野菜とハムをのせる。

 これなら食べるだろうか。

 そう思いつつ俺はその皿を持って食卓に戻りそして、クロハの前に皿を置いた。

 するとちょっと不服そうに俺を顔を見る。

 やはり野菜は好きでないらしい。

 そんな顔をされても知ったことではない。


「食べられるなら食べなさい」


 そう、厳しい口調で言うと、クロハはしぶしぶ、と言った様子で皿に口を近づけた。




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