どれほど眠っただろうか。
ゆっくりと目を開けてそして、最初に目に入ったのはアマンダの涙ぐむ顔だった。
「よかったぁ。もう、心配したんですからね」
半泣きになりながら言い、アマンダは目元を指で拭う。
今はいつだ。
そう思い視線を巡らせる。
開け放たれた窓の外が明るい。
ということは一晩以上、経っているということだろう。
身体は怠く、動ける気がしないが久しぶりにあの魔法を使ったせいだろう。
あれは命を削る。
骨を繋いだだけだが、どれだけの寿命が削れたのか。そう思うと少々気が重い。
あんな奴のために……いいや、違う。
アマンダの後ろにいる人影に視線を向ける。
そこにいるのは黒い影。
サーシャが、ほっとした顔でこちらを見ていた。
「サーシャ……さん」
俺の呟きに反応したのはアマンダだった。
彼女は後ろを振り返りながら言った。
「カミルさんをここまで運んできてくださったんです。鍵がかかっていて途方に暮れていたところを近所の方が見つけて私を呼びに来てくれて」
あぁ、そういうことか。
サーシャは安心した顔で、
「二日間寝たきりだったので目覚めないのかと思いました」
と言った。
二日。
そんなに経っていたのか。あの魔法を使ってそんなに寝込んだのは初めてだ。
久しぶり、だったからだろうか。それとも別の理由か。
心当たりはないがとりあえず、あの魔法は使いたくないと、心の奥底で決意する。
「大丈夫だとお伝えしたじゃないですか。本当に眠っていただけですから」
「アマンダ、診療所の方は」
「あ、すみません。とりあえず私の方で患者さんを診ました。ひとりでは不安でしたし、患者さんも心配想でしたけど、なんとかこなしました」
そう、はにかんで言うアマンダの言葉を聞いて内心ほっとする。
彼女は医術師の学校を卒業しているが、女性が働くには少々風当たりが強いため、俺の診療所で手伝いをしてくれていた。
彼女ひとりでできるか、というと少々辛いかもしれないが、看護師を雇えば大丈夫だろう、と思う。
あの、ノエルの執着心を考えると俺はここにいるべきではないかもしれない。
サーシャを巻き込んでしまったし、もしかしたらアマンダやニルスにも被害が及ぶかもしれない。
そう思うと心がずん、と重くなる。
「私、飲み物をとってきますね」
と言い、アマンダが背を向けて部屋を出て行った。
すると、サーシャがこちらに歩み寄り、ほっとした顔でこちらを見おろし言った。
「大丈夫ですか?」
「えぇ。ちょっと疲れただけでしょう」
「疲れただけで二日も寝込むんですか?」
そう言われるとどうだろうか。
俺としても初めてのことで何も言い返せない。
思わず視線を泳がせていると、サーシャはベッドの横にある椅子に腰かけた。
「とりあえず、貴方が無事でよかったです。あの……ノエルさんに使った魔法のせいですか?」
「えぇ、まあ……そうだと思います」
正確なことを答える気はないので曖昧に答える。
「そうですか……すみません、思わずあんなことをしてしまって」
そう言って、彼は肩を落とす。
まああれは仕方ないだろう。
身を守るため……正当防衛、と言うのではないだろうか。
それにサーシャは騎士だったわけだし、戦争にも赴いていた。そんな相手に刃を向けたらどうなるのか、俺みたいな素人でも想像がつく。
「あれはノエルの自業自得ですよ。貴方が気に病むことではないです」
そう思いたいが、どうなるだろうか。それを考えると本当に木が重くなる。
「貴族に怪我を負わせてしまいましたし、このままここにいるわけにはいかないですね」
そう言って、サーシャは笑う。
「また旅に出ようと思います。勇者の伝説をさらに集めようかなと思って」
それを聞くと俺の心が痛む。
彼が探し求める魔法は確かに存在するのに。けれどそれを伝えるわけにもいかない。
俺の命を削ってまで助ける価値のあるものがあるのだろうか。
そんなもの、あるとは思えない。このままこの魔法は消え去る方がいい、とさえ思う。
けれど。
俺はサーシャを見つめる。
ノエルのために魔法を使ったわけじゃない。
俺のためでもない。サーシャのために俺はあの魔法を使った。
彼はいったい何者なのか。
本当にアルファなのか?
その答えを見出す方法を、俺は知らない。
ノエルのように、両親が男ならわかるのだが、いや、この場面で彼に両親について聞くのはおかしいだろう。
彼がアルファなのか。なぜノエルの声を聞いても平気だったのか。
医術師として興味はわく。
それに俺も、ここにいるわけにいかないだろう。ノエルとのことを考えたらここを離れるのが一番だ。
俺はゆっくりと身体を起こし、サーシャをじっと見つめて言った。
「俺も、ついて行っていいですか?」
「え、それって……」
サーシャは驚いた顔をしてじっと、こちらを見る。
まあ驚くのは当然だろう。俺も何を言いだしているのだろう、と思うところはある。
「貴方の旅に、です。ノエルのそばにいてはまた同じようなことが起きるかもしれませんし。ならば俺がここから離れるのが一番でしょう」
「でも診療所は……」
「それなら大丈夫ですよ。助手のアマンダは医術師ですからね。見習いとして俺の診療所にいますけど、彼女だけでもやっていけますから」
実際、俺が寝込んでいる間、彼女だけで診療所を回していたのだから。
サーシャはぐるぐると視線を巡らせ、そして何度も頷いた後言った。
「わかりました。でもすぐは駄目ですよ。二日も寝込んでいたわけですから。それに準備もあるでしょう」
確かにそうだ。
旅の準備……いったい何をしたらいいのかわからないが、何かに書きだして準備をすすめたほうがいいだろう。
「すみませんが、旅に必要なものを教えていただけますか?」
そう俺が言うと、サーシャは笑って頷いた。