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第10話 対峙

 張りつめた空気が流れ、俺の背中に冷や汗が流れる。


「ナイフなんて持って、カミルさんに何をするつもりだったんだ?」


 腹の底から響く、怒りをはらんだ声でサーシャが言った。

 あいつ、こんな声を出せるのか。

 この声……ノエルと同じ響きを感じる。まさか本当にアルファなんだろうか。


「うるさい、俺の邪魔をするな」


 怒りに顔を紅潮させたノエルは、ナイフを向けられながらも身をよじり抵抗する様子を見せる。


「カミルさんに近づくのをやめてください。そうしたらこの手を離しますから」


「黙れ、俺の運命を俺から奪おうとするな」


「カミルさんは嫌がっているでしょう? 本当に運命の相手であるなら何もしなくても彼は貴方を選ぶでしょう?」


 その通りだろう。本当に俺とノエルが運命で結ばれているのなら何もせずとも俺はノエルを選んでいる。けれど俺が彼に抱いている感情は恐怖と嫌悪だ。愛情にまつわる感情などひとかけらもない。

 ノエルだってそんなこと、わかっているだろうに。だからこんな強硬手段にでたのだろう。

 俺の心が動くことなど、あるわけないのに。

 図星をつかれたからだろう、ノエルは唇を噛みサーシャを睨みつけている。


「もう彼に関わるな、次はない」


 聞いた者を畏怖させる響きを持った声でサーシャは言い、ノエルから離れるとナイフをぽい、と捨てこちらに近づいてきた。


「大丈夫ですか、カミルさん」


 こいつ、何を考えているんだ。怒りに支配されているノエルに背を向けたら……

 案の定、ノエルがナイフを拾うのが見えた。


「あ、サーシャ……!」


 俺が声を上げる間もなく、サーシャは険しい顔をして振り返り、襲い来るノエルのナイフを交わしその腕をつかみねじりあげた。

 その時、ぼきり、という嫌な音がした。


「うあぁ!」


 これは折れた、だろうか。

 ノエルはその場にへたり込み、右腕を押さえて呻いている。

 サーシャはナイフを蹴り飛ばし、ノエルを見下ろして冷たい声で言い放つ。


「素人が戦士にナイフを向けたらどうなるかなんてわかるでしょう」


「う、あぁ……」


 サーシャの言う通りだ。戦士に……いや、戦場を経験した騎士に武器を向け、無事で済むわけがない。

 そして俺は医術師だ。たとえ相手がノエルでも放っておくわけにはいかない。

 重い身体をなんとか動かして立ち上がり、俺はゆっくりとノエルに近づきそして、彼の前にしゃがみ込み折れたであろう右腕に触れた。


「カ、ミル」


 苦しげに俺の名を呼ぶノエルが、苦悶の表情を浮かべて俺を見上げる。額には汗が滲み、大きく息を吐いている。

 折れた腕を治すには、回復魔法では何日もかかってしまう。

 どうする。

 これはノエルの行動の結果ではあるが、彼は貴族だ。

 貴族にこんな大けがをさせたとあっては、どのような理由であれこちらがタダでは済まない。

 処刑されることはないだろうが、捕らわれるのはまっぴらごめんだ。そんなことになったらきっと、この男は俺に恩を売る為に兵に便宜を図るに違いない。そんなことさせてたまるか。

 幸い辺りはかなり暗くなってきているし、サーシャには俺が何をやっているのかわからないだろう。

 そう思い、俺はノエルの腕に手を手をあてて呪文を唱える。

 あらゆる傷を、病をいやすという治癒魔法を。


「カミル……?」


 異変に気が付いたらしいノエルは、驚いた様子で俺を見つめていた。

 これでどれだけ俺の寿命が削れるのか。こんなやつのために命を使うなど馬鹿らしいが仕方ない。

 けれど、医術師としての責任感もあり、放っておくわけにはいかなかった。

 骨を繋ぐくらいさほど時間もかからない。しばらくして俺は手を離し、ノエルに告げた。


「これで大丈夫でしょう」


 そう伝えると、ノエルはゆっくりと折れたはずの腕に触れる。


「あ……え……?」


「回復魔法の亜流ですよ」


 戸惑いを隠せないノエルに対し、そう答えて俺は立ち上がる。すると視界が歪み倒れそうになったところを誰かに抱きとめられた。


「カミルさん、大丈夫ですか?」


 あぁこの声はサーシャか。

 答えたいのに声が出ない。

 この魔法を使ったのは久しぶりだ。そのせいか酷く疲労を感じている。


「おい、そこで何をしている!」


 サーシャに抱き留められたまま、俺はなんとか首を動かし声がした方を見る。

 路地に入ってきたのは兵士のようだった。

 きっと誰かが通報したのだろう。ランプを持った警備隊の兵がこちらに歩み寄ってくる。サーシャに非が及ばなければいいが。

 そう願いつつ俺はサーシャに抱きしめられたまま目を閉じた。


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