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第6話 サーシャ

 俺は目の前にいるサーシャをよく観察した。

 この辺りでは見かけない褐色の肌。黒い髪は少し伸びてはいるが、綺麗に整えられている。

 彼がいたというリデューという国はここからかなり遠く離れている。大陸の端と端。いったいどれほどの期間旅をしてきたのだろうか。


「貴方は四年前に国を離れたのですか?」


 そう尋ねると、彼は首を横に振った。


「いいえ、国を離れたのは二年前でしょうか。それまでは戦友の遺品を届けたり身辺の整理をしていました」


 二年とはずいぶんと長い期間だが、さすがにリデューからここまでくるのにそんなに時間はかからないだろう。


「ということは、色んな国を巡って来たのですか?」


 そう問いかけると、彼は頷いた。


「えぇ、そうなのです。仲間から治癒魔法の事を聞いてはいましたが、本当なのかというのは正直疑いがあったので、勇者の伝承を見聞きしながらここを目指していました」


 話を聞き、なるほどとひとり納得する。

 魔王の討伐は今から五十年ほど前の話だ。彼らの旅路については伝説となっていて正確なことなんてもうほとんどわからなくなっている。

 本人たちについてもまた、たくさんの話が追加されていて、何が真実かなんてわからないだろう。

 だから、俺の祖父であるハイナーが治癒魔法をつかえ、どんな怪我も病気も治すことができたと聞いても、まず疑うのは当然だ。


「なるほど。それで治癒魔法について確信を得る様な話はあったのですか?」


 そう尋ねると、彼は苦笑して肩をすくめる。


「なにせ五十年も前の話ですからね。当時のことを知る人は殆ど死に絶えていて。ただ」


 そこで彼は言葉を切る。

 女性の店員が料理ののったトレイを持って来てそして、俺たちの前に皿を置いていく。

 ハーブの匂いが心地よく香る。

 俺は神に感謝の祈りをささげた後、丸いパンを手にしてそれをちぎった。


「ただ、子供の頃にハイナーさんに会って、病気を治してもらったという方に会ったんです」


 その話を聞き、俺は思わず手を止めてサーシャを見つめる。

 彼はフォークとナイフを手に持ち、羊肉を切りながら言った。


「その方曰く、不死の病にかかっていて、医術師にも治せないとさじを投げられていたと。だけど魔王討伐のため北を目指していた勇者一行が立ち寄り、その時にハイナーさんが『内緒だよ』と言って、病気を治してくれたと。周りは奇蹟だと喜んだそうですが、今日までずっと黙ってきたと言っていました」


 その話を聞いて、俺の心に小さな傷ができる。

 祖父はそうやって立ち寄った先で魔法を使ってきたのだろうか。

 だから、二十五年ほどで人生を終えたのだろうか。

 俺は来年二十五歳だ。そしてきっと、祖父よりも長く生きるだろう。当たり前なことだけれど、俺にとっては大きな意味を持つ。

 治癒魔法を使わないまま、一生を終えられるのか。それとも使う日が来てしまうのか。祖父の年令を越えても使う日がこなければきっと俺はその魔法を使うことはないだろう、と勝手に決めていた。だから俺の中で二十五歳というのは深い意味がある。


「そんなことがあったのですか」


 なるべく冷静にその言葉を発する。


「はい。だから一縷の望みをかけていたんですけどね」


 そう言ったサーシャは苦笑を浮かべていたが、どこか吹っ切れたような感じにも見える。


「貴方にはっきりと否定されましたし、あの人が言った話は偶然なのかもしれませんね」


 それを聞き、俺の胸にまたわずかな痛みが走る。

 偶然なんかじゃないだろう。きっと祖父は治癒魔法を使ったんだ。

 そうして自分の命を削り、それだけの人を救い短い人生を終えたんだろうか。

 思わず料理を見つめたまま固まっていると、サーシャの心配げな声が響く。


「……カミル、さん? どうかされましたか」


 ハッとして、俺は顔を上げ、無理やり笑顔を作って首を横に振る。


「いいえ、なんでもありませんよ」


 そして俺は、白身魚にフォークをさした。


「サーシャさんは、この後どうされるんですか?」


 早く帰ってくれ。

 そう願いながら尋ねると、彼は小さく首を傾げて苦笑を浮かべた。


「あんまり考えていなくて。しばらくここに滞在して、冒険者で金を稼ごうかなと漠然と考えてはいるんですけど。ほら、冒険者のギルドがありますよね。そこにいけば仲間を紹介してもらえると聞いたので。日銭を稼ぐにはちょうどいいかと」


 確かに街の中には奈落に挑む冒険者向けの店があり、仲間を探せるようになっている。


「確かに、ある程度金を稼げますね。危険も多いですが」


「ここまでもそうして金を稼いできましたから。なのでしばらくここに滞在いたします。なのでカミルさんの世話になることはあるかと思いますが、その時はよろしくお願いします」


 そう満面の笑みを浮かべたサーシャは、深く頭を下げた。

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