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第5話 町の中

 診察室を出ると、受付のニコルが戸惑った顔で俺に駆け寄ってきた。


「大丈夫でしたか、先生」


「あぁ、大丈夫だよ、ニコル。俺は食事に行ってくるからニコル、戸締りはよろしく」


「はい、わかりました」


 元気よく返事をする彼に後を託し、俺はサーシャと外に出た。

 町外れであるため、人通りは少ない。

 ここから町の外へと向かえば魔王の遺跡である奈落があるため、時間によっては冒険者が多く往来する。

 だが今は昼だ。

 彼らの多くはまだ奈落の中だろう。奈落にはわかっていないことも多く、たくさんの魔法の遺物や宝飾品が眠ると言われているので、冒険者は絶えない。

 冒険者ギルドと呼ばれる施設もあり、彼らを管理していた。

 そして奈落には今もモンスターがさまよっているため、冒険者の怪我は絶えないし死者も出る。


「この町に着いたときはたくさんの人が町の外に向かって歩いていましたけど、この時間は静かなんですね」


 町中へと向かって歩いていると、サーシャが言った。


「えぇ。ここは多くの冒険者が拠点とする町ですから、この時間は皆、奈落の中ですよ」


「奈落……魔王のすみかがあったとされる場所ですよね」


「えぇ。その入り口は大陸に三か所あります。北の奈落、東の奈落。そしてここ、西の奈落。奈落は広大で、多くの謎に包まれています」


 三つの入り口の内、ここは比較的初心者向けと言われている。

 それでも死者はでているのだが。

 最も危険なのは北の奈落らしい。強力なモンスターが多く住みついている、と言われていた。


「奈落にはモンスターがいるわけですよね。彼らはそこから出てこないのですか?」


「えぇ。奈落は魔王の力で作られたもので、モンスターは魔王によって生まれました。だから魔王の力が及ぶ奈落にはいられますが、その力の影響のない外には出られないそうです」


「へぇ。じゃあ町が襲われることはないんですね」


「はい。魔王が存在していた時はその力は奈落の外にまで及んでいたそうで、多くの村や町が襲われ、奈落に飲み込まれたと聞いています」


 だから魔王がいた居城は奈落、と呼ばれている。人々が住んでいた町を、村を飲み込み、徐々に大きくなっていった迷宮だから。


「その魔王が倒れたのが五十年ほど前。貴方のおじい様が活躍されて今の平和があるわけですね」


 にこやかに笑いながら言うサーシャの言葉が俺の胸に小さく突き刺さる。

 確かにそうだ。

 祖父は勇者と一緒に魔王を倒す旅に出た。

 そして、力を使いすぎたために短い生涯を終えたんだ。

 それを思うと心が痛い。

 祖父はどれだけ治癒魔法を使い、自らの命を削ったんだろうか。

 短い生涯に悔いはなかったのかと考えることがある。

 魔王を倒せたからよかったのだろうか?

 祖父は父が生まれてすぐに死んでしまったから、祖父の心理は何もわかるものがなかった。


「……さん、カミルさん?」


 名前を呼ばれハッとして、俺は隣を歩くサーシャを見る。

 彼は不思議そうな顔で俺を見つめて言った。


「あの、食事ってどこに行くんですか?」


 あぁ、そうか。

 そのことを伝えるのを忘れていた。

 この町は冒険者の町だ。その為、安くておいしいお店はたくさんある。

 けれど結局いつも行く店になってしまうものだ。


「あちらにある『フリーシンガーの店』によく行くんです。あちらで食べましょう。助けていただいたので奢りますよ」


 言いながら、俺は商店街の一画にある飲食店を指差す。

 そこはいわゆる大衆食堂だ。名前の通りフリーシンガーさんがやっているお店であり、昼と夕食の時間だけ営業している。

 夜は冒険者たちでにぎわうが、この時間は近所で働く人たちが訪れるだけなので静かなものだった。

 俺の提案を聞いたサーシャは、驚いた顔をした後下を俯き、頬を指先で掻く。

 何か悩んでいるんだろうか。

 奢られて嫌な者はいないだろうに、何か気になる事でもあるのだろうか。

 そして彼は、何かひらめいたのかぱっと明るい顔になると、俺の方を見て言った。


「わかりました! じゃあ次に来たときは俺が奢ります!」


 などと意味不明なことを言い、俺を戸惑わせた。

 次、があるという事なのかこれは。

 どう返していいのかわからず、俺は曖昧に笑って頷き店へと急いだ。

 フリーシンガーの店は茶色の外壁に、赤茶色の屋根の古い店だ。大きな茶色の木の扉には小窓がついている。

 古びた木の看板には力強く書かれた店の名前に、梟のオブジェがぶら下がっていた。

 扉をゆっくりと開けると、黙々と食事をとる青年たちの姿が目に入る。

 彼らは近所で働く職人だろう。食べ終わるとさっさと支払いを済ませて店を出ていく。

 店員の若い女性が俺たちを見てにこやかに笑い、


「先生いらっしゃいませ」


 と言い、席へと案内してくれる。

 木製の席に向かい合って座り、俺たちはテーブルの上にあるメニュー表を見る。

 昼は特定のメニュー数種類しか頼めないようになっているが、その分提供も早い。

 ブレッドにスープはどのメニューも共通でつくようになっていて、メインが異なる。

 魚料理に肉料理だ。羊肉のローストに炙りチキンのハーブグリル、白身魚のグリルなどがある。

 俺は白身魚のハーブ焼きを、サーシャは羊肉のロースを注文し、水を飲みながら料理の提供を待った。




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