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第3話 訪問者サーシャ

 診療室に入ってきたのは、黒髪黒目、背の高い褐色の肌の青年だった。

 体格がいいので騎士か戦士だろうか。身なりはいいが、少し疲れた感じがする。マントに身を包んでいるし旅人か?

 腰に剣をぶら下げているが、冒険者、という雰囲気もしない。

 何者だろうか。

 俺の頭の中で警報が鳴り響く。

 彼は俺の前にある椅子に腰かけると、軽く頭を下げて言った。


「初めまして、サーシャ=シュヴァイクといいます。今は旅人ですが元リデューの騎士です」


 あぁ、やはり騎士なのか。リデューはすでに大陸最大のソリトス皇国に併合されたはずだ。

 小国だったリデューは大層不利な条件を突き付けられ併合を迫られたらしいが、それを突っぱね、戦争になったと聞く。戦力差は歴然だったにも関わらず善戦し、ソリトス皇国側がずいぶんと譲歩したらしい。

 戦争ではどちらにもたくさんの死者が出たと聞いた。その生き残りか。


「カミル=スピラです。本日はどのようなご用件ですか?」


「貴方が、勇者一行の中にいた魔法使いの祖先であると聞き、話を伺いたいと思いました」


 真剣な黒いまなざしが、俺の顔をじっと見つめる。

 その時、心臓が高鳴る音がした。どんどん鼓動が早くなり、僅かに体温も上昇し始めているように思う。

 なんだ、これは……

 訳が分からないが今はこの男の目的を知るのが先決だ。

 俺はぎゅっと拳を握りしめ、顔に笑顔を張り付けて言った。


「えぇ。勇者と同行していた魔法使いのひとり、ハイナーは俺の祖父です。早くに亡くなったと聞いています」


 俺の祖先が早死にするのは珍しい事ではなかった。

 なぜなら、そういう運命だからだ。

 しかも祖父は勇者と共に旅をした。自分の命を削り、勇者に尽くしたのだから長く生きられるわけがない。

 祖父は三十過ぎて死んだらしい。そして俺の父も早くに死んでいる。

 俺の言葉を聞いた騎士は、神妙な顔で頷き言った。


「そのようですね。それで、確認したいのですが貴方のおじい様が治癒魔法を使えた、という話は本当ですか?」


 まっすぐに見つめる目は、真剣そのものだった。

 いったいなぜそんなものを探し求める?

 わずかに心に痛みを感じつつ、俺は首を横に振る。


「そのような秘術、あるわけないでしょう。伝説ですよ」


 幾度となく繰り返してきた嘘を口にすると、相手の顔には失望の色がいつも浮かぶ。そしていつも、そこで話は終わるのに。なのに目の前の騎士は顔色を変えなかった。


「四年前、死んだ仲間に聞いたんです。彼は戦士ダレンの孫でした。彼の実家に遺品を届けに行った時にも聞きました。ハイナー氏の話を。彼は確かに治癒魔法を使えたと。どんな怪我も、死者をも甦らせたと聞きました」


 ダレン、の名前を聞き、俺は内心焦り出す。

 勇者一行は四人だった。祖父と勇者と、戦士ダレンともうひとりの魔法使い。さすがに仲間の証言ではごまかしようが難しい。

 どうする、カミル。

 俺は首を横に振り、


「そのようなことあるわけないでしょう。回復魔法は使えたと思います。俺も使えますし、こればかりは素質で遺伝しますからね。でも治癒魔法は存在しません。するわけがないんです」


 そう強く否定すると、彼の顔に失望の色が浮かぶ。


「そう、ですか……」


 そう呻くように言い、彼は下を俯く。


「なぜ貴方は治癒魔法を探し求めているんですか?」


「……それは……四年前、戦争でたくさんの仲間を失いました。戦争終結のラッパが鳴り響いた時、まだ生きている者がいたんです。でも、時がたつにつれて声が聞こえなくなり……」


 そして騎士は自分の手のひらをじっと見つめる。


「その魔法さえあれば、彼らは生き残ったのかもしれない。実家に帰り、愛する者たちと過ごすことができたかもしれない」


 そうかもしれない。でも、違うかもしれない。

 その場で死んだのなら、それが彼らの運命だったのだろう。

 そう思うものの口には出来なかった。

 彼は顔を上げ、今にも泣きそうな顔で言った。


「本当にその魔法があるのか確かめたいんです! その魔法さえあれば、本当に死ななくて済んだのかずっと考えていてそれで存在を確かめたくて」


 ずいぶんとおかしなことを言っているように思うが、これは彼の贖罪、なのだろうか。

 話しからして、自分だけが生き残った、ともとれる。

 その魔法さえあれば、皆死ななくて済んだのか。魔法があっても死んだのか?

 きっと、彼が知りたいのはそこだろう。けれどそんなの答えがあるわけない。


「そうですか。でも、治癒魔法はないんです。あれはおとぎ話ですよ」


 自分に言い聞かせるように俺は繰り返し、強い口調で告げる。

 そうだ、あの魔法はあってはならない。

 だってあの魔法は、術士の命を削るものだから。

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