ぶつかり合う金属音。空は憎らしいほどに晴れ渡り、穏やかな風が吹いている。
十九歳の俺、サーシャにとってこれは初めての戦場だった。着慣れないプレートメイルは重く、動くたびにガシャガシャと音をたてる。
俺はブロードソードを振るい、俺とは色の違うプレートメイルに身を包んだ男と対峙する。
我が国リデューと、ソリトス皇国との間で戦争が起きていた。
これは侵略戦争だ。
我が王はぎりぎりまで、ソリトスとの交渉を続けていた。併合を求めるソリトスに示された条件は、我が国にとってとても受け入れがたい不平等なものであったという。
これは見せしめだと、誰もが言った。
我が国を力でねじ伏せ、他国が刃向わぬよう、不利な条件を飲ませて併合しよう、という魂胆であると。
どこかで爆発音が響く。きっと魔法だろう。俺も炎の魔法が使えるけれど、ここまで強力な力はない。
あれをくらったらひとたまりもないだろう。
死への恐怖が、俺の身体をこわばらせる。
気が付けば辺りに敵兵の姿がなくなっていた。これは何を意味するのか? 気が付いたときには遅かった。
「サーシャ!」
誰かが俺の前に立ちはだかりそして、爆発音が続き俺は目を閉じた。
上がる悲鳴、立ち込める煙。血の匂いと肉が焼ける匂いに吐き気を覚えてしまう。
ゆっくりと目を開くと、景色が一変していた。俺の目の前に立った同僚は地面に臥し、身動きひとつとらない。
「う、あ……」
呻いてそして、俺は視線を巡らせ現実を目の当たりにした。
周りに転がる人だったものたち。その多くは黒く汚れ、地面に臥し動くものは少なかった。
このままでは戦争に負ける。
そう確信した。
戦力の差は歴然であるし、こちらは中規模の王国。あちらは大陸でも大きな皇国。勝てるわけがないのだ。それでも王は少しでも交渉を有利にするために戦う道を選んだ。そのまま支配を受け入れたら、民は圧政に苦しむ可能性があるからだ。
それほど不利な条件を皇国から突き付けられたと聞いた。そして皇国は我が国に宣戦布告。戦争は三か月にも及んでいる。
最初は、皇国が圧勝してすぐ終わると思われていた。だけど我が国は耐え続けている。けれどそろそろ限界だろう。徐々に戦力は低下し、民は疲弊してきている。
そして今、王たちは皇国と停戦交渉をしているはずだ。彼らが欲しいのは我が国にある天然資源だ。俺たちの戦いで、少しでも有利に進められられていたらいいのだが。
けれど、死んだ者たちはかえってこない。
今俺の目の前に臥している騎士。
彼から昨夜聞いた話を思い出す。
「お前、知ってるか」
「何が?」
「四十年前、勇者が魔王を倒しただろう。その時、死者をも復活させる魔法使いが同行していたと」
その話は聞き覚えがある。でもそれはおとぎ話だろう。そんな魔法は今存在しない。
俺もその話は信じていなかったし、信じている者に出会ったこともない。
「でもな、いるんだよ」
そう言って、彼は笑った。
そんなわけあるか。
死者を甦らせるなんて自然の摂理に反している。
そんなの、神が許すはずがないから。
「俺のじいさんは勇者と一緒に戦った戦士、ダレンなんだ」
その名前はもちろん知っている。
魔王を倒した勇者一行は四人。勇者と戦士、そしてふたりの魔術師だ。
けれど魔術師たちの名前ははっきりしない。
「マジかよ、勇者一行のひとり?」
思わず身を乗り出した俺に、彼は大きく頷きエール酒が入ったジョッキをあおる。
「そうなんだ。だからな、本当にいるんだよ。治癒魔法を使う魔術師が。なんでもマルフェス国のブリューエ地方に住んでいる一族に伝わるら秘術らしい」
「へえ、そうなんだ」
初めて聞く国と地方の名前だった。
ってことは、ここリデューの周辺じゃないって事だろうな。
「その魔法があれば、死者も負傷者も減るし、皇国に負けずに済むだろうにな……」
彼はそう呟き、エール酒を一気に飲んだ。
言われた時はあまり深く考えなかったけれど、今ならわかる。
この、視界いっぱいに広がる死体の山たち。
治癒魔法さえあれば、この多くを救えただろう。俺を守って倒れた仲間だって生きていられたかもしれない。
そう思うと虚しさに心が埋まっていく。
その時、ブォー、というラッパの音が大きく響いた。
ひとつじゃない。相手の軍からもラッパの音が響く。
これは……
「終わった……」
動くものはいない、と思われていた死体の山の中から、そんな声が聞こえた気がした。
そうだ、このラッパの吹き方は戦争の終わりを告げるものだ。
けれど喜びはない。
終わった、のか?
そうか、終わったのか……
俺はその場に座り込み、動かない仲間たちを見る。
あと少し早かったら彼らは死なずに済んだんじゃないだろうか。
あの爆発がなければ、彼らの多くは死ななくて済んだだろうに。
魔法があったなら、あの治癒魔法があったなら彼らの多くを救うことができたんじゃないか?
その思いは戦争が終わり、国の名前が変わった今でも残り続けていた。