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第37話 思い出のしおり

 テオが静養している間、オズヴァルドは、『シルティアーナの森』について調べていた。






 ――アルバーニ邸、図書室。


 図書館のように広い図書室の一番奥にある棚で、オズヴァルドは神話や王家に関連する本がないか、隅から隅まで探していた。


 しかし不思議なことに、愛し子エフィーリアと王女の血筋であるアルバーニ家の蔵書には、それらしきものが全く見当たらない。


「……おかしい。これではまるで、故意に処分されたみたいだ」


 そうつぶやいたとき、図書室の扉が開く音がした。


 ――アルバーニの家の者達に、シルティアーナの森について調べていることがバレてはいけない。


 オズヴァルドは用心のため、あらかじめ用意しておいた、心療内科系の専門書を開いた。――これはジョゼフから借りたもので、水の国ヒュドゥーテルでしか手に入れることができない本だ。テオのために少しでも知識をつけたいという願いに応え、貸してくれたものだった。


 ページとページの間に挟んだ、赤薔薇の花びらの押し花で作られたしおりを取り出して、ページをめくろうとした――そのとき。


 本棚の角から、カロリーナが現れた。


 ――足音が全く聞こえなかった。


 オズヴァルドは、両目を見開いてカロリーナを見たあと、そのまま足元に視線をすべらせる。


 図書室の床には、防音のために、濃い灰色のカーペットが引いてあった。が、カロリーナはヒールの高い靴を履いている。


(うそだろう……? 足音どころか、カロリーナの気配すらしなかったぞ……!)


 驚愕してしまい、思わず、表情筋に力が入る。――普段の悪女っぷりで忘れかけていたが、カロリーナは木の国ディエボルン社交界の華。淑女の中の淑女と名高い。


 オズヴァルドに気づいたカロリーナは、丈の長いブラックドレスを見事にさばきながら、するすると滑るように歩いてきた。そして怪訝な表情を浮かべて、こちらをじろじろと見てくるではないか。


 カロリーナは形のいい眉根を寄せて、胸元に垂れてきていた漆黒の長い髪を、バサッと右手で払いのけた。


「あら、人の気配がすると思って来てみれば、オズじゃないの。……こんな最奥の本棚に何の用があって? ここにあるのは普段手つかずの本ばかりで、あなたが好みそうな小難しい本は並んでいないはずだけれど?」


(……カロリーナにだけは、シルティアーナの森について調べていることに、気づかれてはいけない)


 そんな気持ちから、本を持つ手に、ぐっと力が入ってしまう。それに目ざとく気づいたカロリーナが、あら? と言って首を傾けた。


「見たことのない本ですわね? どうなさったの、それ?」


 オズヴァルドはハッとして、本の表紙を見ながら、


「あ、ああ。これはヒュドゥーテルでしか取り扱われていない、心療内科系の医学書だ」


 と言った。カロリーナは両腕を組み、


「……そんな貴重な本を、どうしてあなたが持っているのよ? しかも、こんなところに隠れて、こそこそ読んでいるなんて。……中身は本当に医学書ですの? まさか、表紙だけ偽造して、いかがわしい本を読んでいるんじゃないでしょうね?」


「そのぶっ飛んだ発想はどこからくるんだ……」


「あら。あなたくらいの年頃の男性なんで、いかがわしいことしか考えていないんじゃないの?」


 心の底からそう思っているのだろう声音と表情に、オズヴァルドの口元がひくつく。


「それは、世の男性陣に失礼だろう。……それにボクは、そんなものに興味はない」


「その発言は発言で、いささか問題があるように感じるのだけれど」


 ――じゃあ、同じ年頃のテオはどうなのだ?


 と、問おうとしてやめた。


 別に、カロリーナの答えが、『うちのテオに限ってありえないわ。あの子はまだまだ幼いもの』というお決まりのセリフだと分かっているからではない。テオの恋愛事情や性的なあれこれについて考えると、胸のあたりがもやっとしたからだ。


 ――このもやもやが、テオに好意を寄せているゆえなのか、どこかでテオを神聖視してしまっているせいなのかは分からない。


(……ボクも、カロリーナのことは言えないな)


 フッと微笑んだとき、視線を感じてカロリーナを見ると、幽霊にでも遭遇したような表情をしていた。


「……なんだ。その顔は」


 カロリーナは、腕を交差して二の腕をさすりながら、ぶるぶるっと震えて見せた。


「やめてよね。あなたが笑うとか、不気味すぎるのよ! せっかく、今日はいいお天気ですのに、嵐になってしまったらどうしてくれるんですの!?」


 「相変わらず、失礼なやつだな……」と、オズヴァルドは、持っていたしおりを本の間に挟もうとした。


 だが、それを見たカロリーナに、待ったをかけられる。


「そのしおり……どうなさったの?」


 オズヴァルドはしおりを持ち上げて、


「ああ。これか? 本を読むと言ったら、テオが貸してくれたんだ」


 言って、首を横に傾ける。


「……このしおりがどうかしたか?」


「そのしおり、近くで見せてもらってもいいかしら?」


 珍しくしおらしい態度で、もじもじと聞いてくるカロリーナの姿に、ぞわっと鳥肌が立つ。


 しかし、カロリーナは真剣に頼んできているようなので、できるだけ自然に見えるようにしおりを手渡した。


 「……やっぱり。このしおりは、わたくしが幼い頃に、テオにプレゼントしたものだわ」


 と言って、しおりを大事そうに胸に抱きしめた。


「それはキャリーがプレゼントしたものだったのか」


「ええ、そうよ。まだ、アルバーニ家の当主交代のいざこざが絶えなかったとき、わたくしは自由にできるお金も持っていなくって。……テオはあなたに、これをあげてしまったの?」


 傷ついた表情を浮かべて、今にも泣きだしてしまいそうに瞳をうるませるカロリーナに、オズヴァルドは焦って首を左右に振った。


「違う。ボクが本を読むと言ったら、このしおりを貸してくれただけだ。……とても大切なものだがら、絶対に無くさないようにと釘を刺されてな」


 その言葉に、カロリーナは、ぱあっと表情を明るくする。


 「……よかった。わたくし、テオに嫌われてしまったわけではなかったのね」と、泣き笑いを浮かべるカロリーナに、「当たり前だろう」とオズヴァルドは胸を反らした。


「テオは、簡単に人を嫌うような人間じゃない。……そんなこと、お前が一番よく知ったいるはずだろう? キャリー」


 「そう……そうね。そのとおりだわ」と言って、カロリーナは、両手の中に納まるしおりを愛おしそうに撫でたのだった。


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