目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第34話 強硬手段

 オズヴァルドは、テオの寝室まで休むことなく走った。途中、すれ違う使用人たちに怪訝な目で見られたが、オズヴァルドの足が止まることはなかった。そうしてようやく目的の場所に到着すると、ノックもせずにドアハンドルに手をかける。勢いよく扉を開けると、ベッドのそばに立っているレオポルドと目が合った。


 オズヴァルドは息を切らしながら、


「テオの様子はどうだ?」


 と訊ねる。するとその質問に答えたのは、レオポルドではなくジョゼフだった。


「私がお答えしましょう」


 ジョゼフは聴診器を耳から外して首にかけると、オズヴァルドを振り返り、縁なし眼鏡を中指で押し上げた。


「うなされておいででしたので、しっかり睡眠がとれるように、安定剤と睡眠薬を投与しました」


「そうか……ありがとうございます。先生」


 素早い処置に感謝しながら、オズヴァルドは安堵の息を吐いて、スヤスヤと眠るテオの顔を覗き込んだ。テオの顔色はずいぶん良くなっていて、悪夢を見ることもなく、穏やかに眠っているようだった。


 オズヴァルドは、テオの頬にかかる髪をよけてやり、ホッと肩の力を抜く。その背後で、レオポルドが、ジョゼフに質問を投げかけた。


「なあ、ジョゼフ先生」


「はい。なんでしょうか? レオポルド様」


「テオはなんで意識を失ったんですか?」


 言って、レオポルドは腰に手を当て、首を横に傾ける。


「……それは、ボクも気になっていた」


 オズヴァルドは、テオの腕を布団の中にしまいながら、顔を半分だけ背後に向けた。


 ジョゼフは、テオを一瞥したあと、レオポルドどオズヴァルドを交互に見る。それから、外した聴診器を黒い革製の往診鞄の中にしまって、背筋を真っ直ぐに伸ばした。


「私が診察したところ、テオ様の脈は、通常よりも速くなっていました」


「と、いうと?」


「……おそらく、それが原因で血圧が低下し、失神するに至ったのだと思われます。数日、安静になさっていれば、元の生活に戻れるでしょう」


「そっかぁ〜〜、すぐに良くなるってさ! よかったな、テオ!」


 と言って、レオポルドは、テオのベッドサイドに駆け寄った。


 オズヴァルドはレオポルドと入れ替わるように、帰り支度を終わらせ、鞄を持ったジョゼフに近づいていく。


 「では、私は薬を処方して参ります」と、ジョゼフは、丁寧にお辞儀をした。そうして部屋を出ていこうとしたジョゼフの背に、オズヴァルドは、


「待ってください。……実は、先生にお尋ねしたいことがあるのです」


 と言った。


 ジョゼフは数拍おいてから半身のみ振り返り、


「私にお答えできる範囲でなら」


 と、縁なし眼鏡を中指で持ち上げた。


 『答えられる範囲で』と、先に釘を刺されてしまったことに、オズヴァルドは眉根を寄せる。


 しかし、守秘義務を遵守するのは医師として当然の姿勢なので、異を唱えることはできない。オズヴァルドはため息をつくと、暖炉の前にあるソファへ向かって、手のひらを指し示した。


「立ち話もなんですから、あちらに座って話しませんか?」


「……わかりました。では、少しだけ、失礼いたします」


 いちいち癇に障る言い方をしてくるジョゼフに、わずかばかりイラッとしながら、オズヴァルドは感情を押し殺してジョゼフの向かい側に座った。


「遠回しに聞くのは時間の浪費でしょうから、単刀直入にお伺いします。……テオは、女性恐怖症以外にも、何か別の病気を患っているのではありませんか?」


 言って、ジョゼフの表情を観察する。


 けれど、ジョゼフは眉一つ動かさなかった。流石、アルバーニ伯爵家お抱えの医師だと称賛したいところだが、なんの反応も見せなかったことが逆に疑わしく思える。


 ――核心を突くしかない。


 オズヴァルドは、乾いた唇をひと舐めして、すうっと息を吸い込んだ。そして――


「……『クラーラ』」


 と、呟いた。するとジョゼフは、


「――今、なんとおっしゃいました?」


 そう言って、膝の上に置いている拳を強く握りしめた。


 ――やはり、なにかある。


 おそらくテオは、もう一つの病名について、レアンドロたちには知らせていないだろう。誰よりも優しい奴だから、すべて一人で抱え込み、自らの問題を打ち明けないのだ。


 ――だからこそ、テオに寄り添ってやりたいと思う。そして、苦しみから解放してやりたいとも思っている。


 テオが必死で隠そうとしている真実を暴くことに、とてつもない罪悪感を感じてしまうが、こうしなければ先に進めはしないとも思うのだ。


「クラーラ、と言いました」


「……それを何故、私にお聞きになるのです?」


「テオが気を失う前に、『クラーラ』と呟いたのです。クラーラとは、おそらく、クラーラ・カステリヤーノ令嬢のことでしょう。彼女は、テオの元婚約者で、……女性恐怖症を発症する原因になった女性です」


「…………」


 ジョゼフは唇を真一文字に引き結び、こちらの真意を探るような眼差しを向けてきた。――どうやら、噓をつくことができない性格のようだ。かといって、患者の秘密を漏らす気配はない。


 昨今では珍しい、貴族に媚びへつらわない姿勢に、オズヴァルドは好感を覚えた。


 しかし、今回ばかりは、その強固な信念を曲げてもらわなければならない。


「ジョゼフ先生。あなたはとても良い医師のようですね」


「……彼の、ガレッディ侯爵家のご令息にそう言っていただけて、大変光栄です。ですが患者の秘密を口外するわけにはいきません」


「……そうですか。ならばボクも、強行手段に出るしかなさそうだ」


 言って、オズヴァルドはおもむろに席を立つと、ソファの横に移動して床の上に両膝をついた。


「なっ!」


 突然、オズヴァルドがとった突拍子もない行動に、さすがのジョゼフも戸惑いを隠せない様子を見せた。


 やっと表情を崩したジョゼフを見て、自分の選択が間違っていなかったことを確信する。そして、オズヴァルドは床に両手をつくと、上体を前に倒そうとして――ガシッ! と肩を掴まれた。


「何をなさるおつもりですか!?」


「土下座です。……ジョゼフ先生は、水の国ヒュドゥーテルに留学なさっておられたのですよね? だったらご存じのはずだ。彼の国では、請願の意を示す場合にこうすると聞いたことがあるのです。ですから、テオの病について教えてもらえるまで、ボクはここを動きません」


「オズヴァルド様……!」


 しばしの間、オズヴァルドとジョゼフは視線を交わしたまま、二人の間に重い沈黙が流れる。そして、その沈黙を先に破ったのは、ジョゼフだった。


 「……わかりました。私の負けです」と、ジョゼフは、疲れ切った表情を浮かべた。それから、膝まづいたままのオズヴァルドに向かって、右手を差し出してくる。


「私は医師として、まだまだたくさんの患者を救わなければならない、崇高な使命があるのです。……なのに、こんなところで不敬罪に問われ、収監されるわけにはまいりません。それに……オズヴァルド様がテオ様を想う気持ちは、十分に伝わりましたから」


 オズヴァルドは照れを隠すように咳払いをしたあと、差し出されたジョゼフの手をとったのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?