「テオ? おい、テオ! しっかりしろ!」
ぐったりと意識を失ってしまったテオの身体を、オズヴァルドは抱きかかえ、真っ青な顔で脂汗を流す頬を軽く叩いた。当然、なんの反応も返ってこない。オズヴァルドは、途方に暮れたようにレオポルドを振り返った。するとレオポルドは、動揺した様子を見せながら、
「と、とりあえず、テオは寝室に連れて行こう……!」
と言って、オズヴァルドの腕の中からテオの身体を奪って軽々と横抱きに抱え上げた。
腕の中にあった温もりを喪失したことに、オズヴァルドの胸がもやっとした。が、今は自分の気持ちよりもテオを優先するべきだと考え、言いたい言葉をぐっと
「……じゃあ、テオはお前に預ける」
「お前はどうするんだ? 医者を呼んでくるのか?」
首を横に傾けたレオポルドに、オズヴァルドは頷いた。
「レアンドロに会って、医者を呼んでもらう。……そのついでに話を聞いてくる。おそらく、テオがこうなった原因に心当たりがあるはずだ」
「りょーかい」と、レオポルドは、テオの身体を抱えなおした。
「それじゃあ、またあとでな」
「ああ。……テオのことは頼んだ」
「はあ? 言われなくても、そーするってーの!」と、レオポルドは、軽口をたたいて歩き出す。――自分だって不安で仕方がないくせに、その片鱗を見せないように振る舞うレオポルドの姿に、オズヴァルドは初めて男らしさを垣間見た。
(レオポルドに任せておけば、テオは大丈夫だろう)
オズヴァルドは
――アルバーニ邸。レアンドロの執務室。
重厚な扉を前に深呼吸したオズヴァルドは、こぶしを握り、コンコンとノックをした。
しかし、いつもなら、すぐに返ってくる返事がない。
「…………?」
やはり先ほど、テオと何かあったのだろうか? と考えていると、ようやく扉が内側から開いた。扉を開けたのは、執事ではなくカロリーナで、その目元が赤く腫れあがっていることに気づいたオズヴァルドは目を見開いた。
「キャリー。その目はどうした?」
「……聞かないでくれるかしら? 答えたくないんですの」
バッサリと言葉を切り捨てられてしまったが、詳しく聞かずとも、カロリーナが涙を流したのは明らかだった。……ただ、その原因が分からない。
――本当に、いったい何が起こったというのだ。
(ボク達はただ、ピクニックに出掛けようとしただけだ……それにテオは、外出の許可を得るために、レアンドロの元を訊ねただけ……それがあんな状態になって戻ってくるなんて……)
自分が良かれと思って提案したことが、予期せぬ形で負の連鎖を呼び、アルバーニ家の人々を傷つけてしまっている。これでは兄のオルランドと同じではないかと、オズヴァルドは、酷く罪悪感を覚えた。
「ねえ。お入りにならないの?」と、カロリーナは、泣いた後でも美しさを損なっていない顔で不機嫌そうに言った。「あ、ああ、すまない。少しぼーっとしていた」と、オズヴァルドは素直に謝ってから執務室に足を踏み入れる。するとそこには、レオポルドの他に、ジョゼフの姿があった。
レアンドロに頼んで、医師を呼ばなければと思っていたので、これはちょうどよかったと思った。それと同時に、何故ここにジョゼフがいるのだ? という疑問も抱いた。その考えが表情に出ていたのだろう。
「まったく。オズに隠し事はできないね。――説明するから、まずは座りたまえ」
と言って、ソファを勧めてきた。断る理由もないので、オズヴァルドは素直に腰を下ろす。
レアンドロは長い脚を組み、膝の上に絡ませた両手を置いた。
「さっそく、本題に入りたいところだが……オズ。君は私に用があって来たのだろう? 先に、オズの話を聞こうじゃないか」
オズヴァルドは居住まいを正すと、自分よりもわずかに濃い色の碧眼を、まっすぐに見つめた。
「まず、驚かないで聞いてほしい。……テオが倒れた」
そう言った途端、扉の方でガタン! と大きな音がした。何の音か気になったが、事は急を要するので、後ろを振り向くことはしない。
「何度か声をかけたみたが、反応がなく、意識が戻らない。テオは、レオポルドが寝室に連れて行った。すぐ医者に診せてほしい」
「ジョゼフ」と、レアンドロは、傍らに控えている眼鏡の男に視線を送った。ジョゼフは、足元に置いていた往診鞄を持ち、一度礼をしてから颯爽と部屋を出ていった。
――とりあえずは、これで安心だろう。
そう思って、安堵のため息を吐いたオズヴァルドだったが、レアンドロが床を突いた杖の音に身体が強張った。
「テオの状態が気になるが、まずはこうなってしまった経緯を説明しておこう。――キャリー。来なさい」
何故カロリーナを呼ぶのか不思議に思ったが、顔色を失ってヨロヨロと歩いてくる姿を見て、テオと衝突したのはカロリーナだろうと推察する。――そして、二人から事のあらましを聞き、自分の予感は正しかったことを知った。
だが、二人の話を聞いてもなお、テオがあそこまで追い詰められるほどの原因には思えなかった。
黙り込んでしまった二人は、テオが恐れていた
意識を失う前に、テオは何か言っていた。声が掠れていたので、正確に聞き取ることは出来なかったが、唇の動きは見覚えがあるものだった。
話を聞き終わるなり、黙り込んでしまったオズヴァルドに、二人分の訝しげな視線が注がれる。
しかしそれを無視して、オズヴァルドは、思考の海に沈んだ。――テオの唇の形を思い出す。そして何度も唇の動きを脳内で再生した。そして――
「……ク、ラー、ラ?」
ようやく辿り着いた答えに、オズヴァルドは勢い良く席を立った。
「カステリヤーノ令嬢がどうかしたのかい?」
「何故、あなたがクラーラの名を呼ぶの?」
前のめりになって訊ねてきた、レアンドロとカロリーナだったが、二人が何も知らないということはテオが黙秘していたということだ。
――まずは、ジョゼフを問いただしてみなければ。
「……すまないが、ボクはこれで失礼する」
言って、レアンドロとカロリーナの制止を振り切って、執務室を飛び出したのだった。