目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第28話 アルバーニの丘

「すでに話題に上がっていたが、どうせ出掛けるなら、馬に乗ってピクニックに出かけるのはどうだ?」


 「ピクニック……」と、テオは、目を丸くした。レオポルドではなくオズヴァルドの口から、『ピクニック』という可愛らしい単語が出てきたことに、驚きを隠せない。


 それはレオポルドも同じだったのか、変わったものを見るような目で、オズヴァルドを見ていた。


「……おい。レオ。その目はなんだ?」


 そう言って、眉間にシワを寄せたオズヴァルドに、テオとレオポルドはホッとする。


「おー。いつものオズに戻ったか」


「は? 何を言っている。ボクは至っていつも通りだが?」


 「いやいや」と、レオポルドは、顔の前で右手を左右に振った。


「万年仏頂面で可愛げのの字もないお前の口から、『ピクニック』なんて単語が飛び出してくるとは思えない。もしかして、熱でもあるんじゃないか?」


「……相変わらず無礼な奴だな。心配しなくても、ボクはこの通りピンピンしている」


「心配してんのはお前の健康じゃなくて、頭の方だってーの!」


「……なんだと?」


 放っておいたら、再びひと悶着起こりそうな雰囲気に、テオは「まあ、まあ」と慌てて止めに入る。――自分もレオポルドと同じように考えたことは黙っておくことにした。


「それで? ピクニックって、どこに行くつもりなんだ?」


 テオが訊ねると、オズヴァルドは不機嫌丸出しで、「……アルバーニの丘だ」と言った。テオは、その言葉にハッとする。


「アルバーニの丘……そういえば、せっかく帰ってきたのに、一度も行ってなかったな」


「だろうな。一度は挨拶に行っておいた方がいいんじゃないか?」


「……ああ。そうだな」


 何よりも一番大事なことを、オズヴァルドに言われるまですっかり忘れてしまっていた自分に対して、テオは自己嫌悪に陥ってしまう。


「……それどころじゃなかったんだ。ご両親もきっと理解してくださる」


「そうかな……?」


「当たり前だろう。そうやって、すぐに思いつめるのは、お前の悪い癖だぞ」


 オズヴァルドの言うとおりだな、と思って、テオは苦笑する。


 先ほどとは打って変わって、しめやかな空気が流れる中、テオの隣に座っていたレオポルドが勢いよく席を立った。


「ちょっと、ちょっとぉ! 二人だけで話を進めないでくれよっ。オレにも分かるように説明してくんないと!」


 身振り手振りで切実に訴えかけるレオポルドを、テオとオズヴァルドは黙って見上げた。


「ああ、すまない。お前の存在を、すっかり忘れていた」


「はぁあああ~~!? ぜってーわざとだろ! オレに、テオとの親密な関係を見せつけたんだろ!?」


「被害妄想が甚だしいぞ、レオ」


 テオも一時いっとき、レオポルドの存在を忘れていたので、黙って苦笑いすることしかできない。仕方がないので、拗ねてしまったレオポルドの手を握り、ソファに座るようにうながしてみる。


 まだ言い合いを続けようとしていたレオポルドだったが、テオが握っている己の左手を一瞥すると、ポッと頬を赤らめて大人しく席に座った。借りてきた猫のようになってしまったレオポルドは、首から顔に耳まで赤くして、お行儀よくソファに座っている。


 すると今度はオズヴァルドが、変わったものを見るような目で、レオポルドを見ていた。


 これで再びもめ事が起こるのは、勘弁してもらいたい。


 テオは、コホンと咳払いをして、顔を半分だけレオポルドに向けた。ちなみに、レオポルドの顔はまだ赤い。


「レオ。アルバーニの丘は、この邸から少し離れた場所にある、小高い丘のことなんだ」


「そこには何があるんだ?」


「そうだな……」


 テオは正面に向き直ると、静かに目を閉じた。すると、目蓋の裏側に、懐かしい光景がよみがえる。


「……丘の上には大きなクレイラの木が生えていて、その目の前には、季節ごとに違う花の咲く花畑が広がっているんだ」


「へぇ〜。キレイなところなんだな!」


「ああ。とても美しくて、静かなところだ。しかもそこから、アルバーニ領を一望できる」


 言って、テオはレオポルドに微笑みかけた。


「だから兄上は、アルバーニの丘に、父上と母上のお墓を建てたんだっておっしゃっていた」


「あ……そういうことだったのか……」


 新緑の瞳を揺らしたレオポルドは、テオから視線をそらして、しゅんと肩を落としてしまった。


「テオ、ごめん。オレ、無神経だったよな」


 テオは目をパチクリさせたあと、ふっと微笑んで、レオポルドの頭に優しく手をのせた。そして、慰めるように、ぽんと叩く。レオポルドの茜色のつむじを眺めながら、過去に思いを馳せた。


 ――あの頃は、オズヴァルドの隣に、オルランドの姿もあった。


 もう幼い頃には戻れない。


 けれど、新しい思い出を作ることはできる。


「……丘に行ったら、きっとレオも、気に入ると思う。あそこから見る夕日がとてもキレイなんだ。まるで、レオの髪の色みたいに」


 ずっと俯いていたレオポルドがようやく顔を上げた。


 テオは優しく目を細めると、レオポルドとオズヴァルドを交互に見た。


「三人でピクニックに出かけよう! アルバーニの丘に!」


 「なっ?」と、テオは、レオポルドの顔を覗き込んだ。


 レオポルドはたちまち笑顔になって、「うん!」と大きく頷いたのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?