「――よし。こんなものかな?」
テオは額に滲んだ汗を手の甲で拭い、達成感でいっぱいの息を吐いた。それから、治療のためにまくっていた、レオポルドの袖を正してやる。
「ありがとな! テオ」
言って、レオポルドは、太陽のような笑顔を浮かべた。「どういたしまして」と、テオは微笑みを返して、治療道具を簡単に片づける。ようやくひと段落したと思い、ふぅとソファの背もたれにもたれかかると、テーブルの上からティーカップを持ち上げた。冷めてしまった紅茶を、こくりこくりと
「やっと終わったか。……テオ。お前は仮にも聖騎士見習いだろう? 処置の手際が悪すぎる。時間がかかりすぎだ」
「……返す言葉もないな。待たせて悪かった」
「フン。まあいい。元はといえば、間抜けにも傷を負ったレオが悪いんだからな」
「はあ? オレのせいかよ! ていうか、その嫌みったらしい言い方! いい加減、なんとかならないのか?」
ビシィ! と指を指されたオズヴァルドは、不愉快そうに眉根を寄せながら、はて? といった風に首を
「いったい何を言っている?」
「それはこっちが聞きたいっての! お前も一度、ジョゼフ先生に診てもらったほうがいいんじゃないか?」
「は? なんでボクが……」
「だぁ~かぁ~らぁ~!」と、レオポルドは、テオが正したばかりの袖をまくり上げていく。一触即発の雰囲気に、テオは焦って止めにかかった。――また傷を負われたのでは、たまったものではない。
「まっ、まあまあ。落ち着けよ、レオ。オズは昔から
「それは分かってるけどさあ!」
納得がいかない様子で、さらに続けようとしたレオポルドの唇に、テオは右手の人差し指を当てた。
ビクッと身体を揺らしたレオポルドは、一瞬だけ寄り目になって指を一瞥し、
「しーっ。いいから落ち着け、って。な?」
レオポルドは、壊れた振り子人形のように、こくこくと何度も頷く。それに満足したテオは、にこっと笑ったあと、レオポルドの唇から指を離した。――これで一件落着。そう思っていると、横顔に鋭い視線が突き刺さるのを感じた。
「なんだ? オズ」
テオは、少しだけ緊張しながら訊ねる。するとオズヴァルドは、
「……別に」
と言って、フイッと顔をそらしてしまった。
らしくなく煮え切らない態度のオズヴァルドを見て、テオはキョトンとしたあと、珍しいこともあるものだと苦笑する。すると、隣から「ププッ」とわざとらしく笑う声がして、レオポルドに視線を移した。「レオ? どうした?」と、テオは首を傾ける。
「オズのやつ。オレに嫉妬してるんだよ」
「嫉妬?」
クックッと含み笑うレオポルドから視線を外すと、テオは体ごとオズヴァルドの方に向き直った。それから、じーっと、オズヴァルドの蒼穹の瞳を見つめてみる。
「……なんだ?」
しかし、いつもの澄ました顔や
「? どうした? テオ」
横からテオの顔をのぞき込んできたレオポルドに、「なんでもない」と笑って見せる。
しかしレオポルドは、納得のいかない表情で、テオを見つめ続けた。
「本当に、なんでも、ないから!」
「いてっ」
グキッと音がしそうなくらい少々乱暴に、レオポルドの顔を押しのける。「いてて……」と、レオポルドは、寝違えた時のように首筋をさすった。
「――ところで、テオ。体調は安定しているのか?」
と言って、オズヴァルドは、ソーサーごとティーカップを持ち上げた。
唐突な質問に、テオは一拍おいて、
「最近は安定してる」
と答えた。「そうか」と、オズヴァルドは紅茶を一口飲むと、ソーサーにティーカップを戻してから、しばらくの間、何かを考えこむように視線をテーブルの上に落とした。
「……オズ?」
テオが首を傾けると、レオポルドが肩に腕を回してくる。
「なんだよ、オズ。もったいぶらないで、さっさと言えよな~。なぁ、テオもそう思うだろ?」
「えっ? あ、ああ……」
自然と距離が近くなり、心臓がドキッと跳ねた。レオポルドとオズヴァルドの間で、テオの心はゆらゆらと揺れる。それはまるで、糸が切れた
(何を考えているんだ、俺は! レオはただの友達だろう! オズだって……!)
……オズだって?
喉に魚の小骨が刺さったときのような違和感を感じ、テオは喉仏のあたりを指先で
テーブルの上にソーサーを置いたオズヴァルドは、長い足を優雅に組んで、絡ませた両手を置いた。
「別にもったいぶっているわけじゃない。以前、馬の話をしただろう? テオ。お前が触りたいと言っていた、
「ああ、覚えてる。それがどうしたんだ?」
「アルバーニ家の
「じゃあ、どうするっていうんだ?」と、レオポルドは、テオの頭に自分の頭をのせた。「……おい。近すぎるぞ」と、オズヴァルドは低い声を出す。眉間にしわを寄せたオズヴァルドに、レオポルドは、
「何言ってんの? これがオレとテオの
と同意を求めてきた。「……まあ。寮の部屋では、大体このくらいの距離感だったな」と、テオは、遠い昔の思い出を話すような気分で答える。「ほら~~! オレの勝ちぃ~~!」と、レオポルドは、テオの肩をグイッと引き寄せた。
「……フン。何が『勝ち』だ。馬鹿馬鹿しい」
心底どうでもよさそうに言い放ったオズヴァルドは、中身の少なくなったティーカップを手に取り、喉を鳴らして飲み干した。――らしくない。
テオは、いつもと様子の違うオズヴァルドを眺めながら、レオポルドの腕の中から抜け出した。「あっ! テオ~~」と、レオポルドは情けない声を上げるが、無視をする。
オズヴァルドがそうしたように、テオもオズヴァルドがティーカップを手放す瞬間を待って、
「何か良い案でもあるのか?」
と訊ねた。するとオズヴァルドは、いたずらを思いついた子どものように、透き通った青い瞳を輝かせたのだった。