目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第25話 嵐のような二人

 湯浴みを済ませて服を着替えてきた、オズヴァルドとレオポルド。そしてテオの三人で昼食ランチを食べていると、食堂の扉が空いて、顔に疲労を滲ませたカロリーナが入室してきた。


「姉上? この時間に食堂ダイニングにいらっしゃるなんて、珍しいですね?」


 テオはナプキンで口元を拭いて椅子から立ち上がり、ナプキンを椅子の背に、パサッと置いた。それからカロリーナの側に駆け寄り、ふらつく姉の身体を支える。少し歩いたあとで、テオの隣の席の椅子を引いて、カロリーナが腰掛けるのを見守った。


 マナーに厳しいカロリーナが、ダイニングテーブルに片肘をついて、頭痛を耐えるように額に手を当てる。


 テオはその姿を眺めながらナプキンを手に取り椅子に座った。そして、膝の上にナプキンを広げて置いて、カロリーナの顔を覗き込む。


「……姉上、どうなさったのです?」


「ハァ……テオ。わたくしの話を聞いてくれる?」


「もちろんです」


 テオは真剣に頷いた。カロリーナは、フフッと眉尻を下げて微笑むと、可愛くて堪らないといった様子でテオの左頬に右手を添えた。


 給仕をするメイドは、空気を読んで料理を運ばず、グラスに水を注いで壁際に下がっていった。


「なぁ、オズ。オレ達の存在……完全に無視されてるな」


「いつものことだ。邪魔するとカトラリーが飛んでくるぞ」


「あはは!」


「…………」


「え? 冗談、だよな?」


「……いいから。黙って口を動かせ」


 ボソボソと小声で会話をするオズヴァルドとレオポルドを、チラッと一瞥して、テオは顔色の悪いカロリーナに視線を戻した。


「――それで、姉上。一体、どうなさったのです?」


「シーズンに入ってから、いろいろと忙しかったでしょう? テオ、あなたの体調のこともあるし、今回のシーズンは見送ろうかって話になっていたのよ。だけど……」


「……伯父上――国王陛下から、王都に参じるよう、命じられたのですか?」


 「そうなのよ」と、カロリーナは額を押さえて、重い溜息を吐いた。テオはカロリーナを労るように、いつもより艶の失われた黒髪を優しくなでる。


「伯父上が姉上を頼るのは仕方がありません。……現状、伯父上に王女はいませんし、社交界の動向を探って世論を動かすことができるのは姉上だけですから」


「そうよね……」


 と言って、カロリーナは黙り込んでしまう。――こんな時に思うのだ。テオは、自分も女であれば、カロリーナを支え助けることが出来たのにと。貴族の次男など、爵位を継ぐことも出来ず、婿養子になるか騎士として身を立てるくらいしか生きる道がない。それならば、レアンドロとカロリーナの役に立てる女として生まれてきたかった。


 ――まあ、こうして自ら『政治の道具にしてくれ』と思うのは、女性達の苦労を知らないからこそ言えることなのだろうが。現に、あのクラーラだって苦労して……


「おい、テオ」


「ん……えっ? な、なんだ? オズ」


「……お前、また悩まなくても良いことを考えていただろう?」


「え? 悩んでいたのは確かだけど……どうして分かったんだ?」


「……秘密だ」


 そう言って、フンとそっぽを向いたオズヴァルドの肩に、レオポルドが左腕を回した。


「なーに照れてんだよっ! 『ボクはいつも君を見てる』とかなんとか言えばいいのに――あだっ!」


 いつもの調子でオズヴァルドをからかっていたレオポルドの顔面に、未使用のデザート用のスプーンが、見事顔面にヒットした。床に落ちたスプーンはメイドが素早く回収し、新しいスプーンを置いて下がっていく。レオポルドはほんのり赤くなった鼻を右手で押さえながら、ジトッとオズヴァルドを睨みつける。


「……お姉さんからじゃなくて、お前からカトラリーが飛んできたんだけど?」


 オズヴァルドは素知らぬ顔でスープをすすり、


「それは本当か? ――見てみろ。ボクのカトラリーは全て揃っている。寝言は寝て言うんだな」


「そーれは、さっき、メイドさんが補充したからだろっ!? ねっ! そうですよね、メイドさん!」


「勤務以外のご質問には答えられません」


 プッと意地悪気に笑って、「だ、そうだ」と、オズヴァルドは残念なものを見るような視線をレオポルドに向けた。レオポルドはナプキンを握りしめ、それを勢いよくオズヴァルドの顔面に投げつけた。「ブッ」と、まぬけな声を出したオズヴァルドは、自身の顔からナプキンを取り払い、


「何をする!」


 と怒鳴った。するとレオポルドは、ガターン! と椅子を倒して立ち上がった。


「そのお綺麗な澄ました顔を、ボッコボコにしてやる! 演練場に来いよ! オレと決闘しろ!!」


 ビシィ! と人差し指を差されたオズヴァルドは、平然とした顔をしてため息をつくと、優雅に椅子から立ち上がった。


 ――あれはかなり怒っている。


 幼馴染であるテオは、イライラを最高潮につのらせているオズヴァルドを、ハラハラした心地で見つめた。


「……レオ。お前がそこまで言うなら、その言葉にのってやろうじゃないか。――今すぐに演練場に行くぞ」


「言われなくても行くっつーの!!」


 食事の途中で、バタバタとダイニングを出ていった二人の軌跡を眺め、テオは苦笑いするしかなかった。


「……テオ」


「……はい。姉上」


「付き合うお友達は、よーっく選びなさい」


「そうですね……」


 嵐が去ったようなダイニングに、テオとカロリーナの深い溜息が落ちたのであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?