部屋に閉じこもっているテオは、天蓋ベッドのカーテンを全て下ろし、部屋のカーテンも全部閉めきっていた。まだ春になったばかりで肌寒いので、暖炉の火だけを残して、その他の灯りは全て消した。カロリーナの采配で、カーテンは
テオはベッドの上に両膝を立てて座り、パチパチと薪が爆ぜる音を聞きながら、ただひたすら前を見つめていた。見つめる先にあるのは、薄緑色をした
だが、実際に現れたのは、クラーラではなかった。
コンコン、と部屋の扉をノックする音が、テオの鼓膜を震わせた。それがメイドのものであったなら、テオは反応を示さず無視していただろう。
しかし、遠慮がちに叩かれたノック音は、メイドのものとは全く違った。躊躇うような、緊張を隠しきれていない、控えめなノック音。――おそらく、レオポルドかオズヴァルドのどちらかだろうと予想する。
テオは、扉の向こうに立つ人物が、オズヴァルドではないことを願った。――オズヴァルドに欲情してしまったことを気まずく思っているからだ。
「……誰だ?」
長い時間、声帯を使っていなかったせいで、変に掠れた声が出てしまった。声量も小さく、扉の向こうに問いかけた声が、ちゃんと届いたか分からない。――まあ、届いてなければ、それでいいか。……そう、投げやりな気持ちでいると、
「――オレ。レオポルドだけど。テオ……今、大丈夫か?」
と返事が返ってきた。
――なんだ。レオポルドか。
ホッとしたテオは、天蓋ベッドのカーテンを僅かに開けて、寝間着姿のまま裸足で絨毯の上に下りた。そして、そのまま扉の前に歩み寄り、部屋の内鍵を開ける。冷たいドアハンドルを持ち、内開きの両扉の片方を僅かに開く。すると蝶番が、キィィと耳障りな音を立てて、テオは不快感に眉根を寄せた。
「――レオ。どうした? 俺に何か用か?」
テオは室内をレオに見られないように、扉の隙間から顔を半分だけ覗かせて訊ねる。するとレオポルドは、テオと目が合うなり、ぎょっとして目を見開いた。
「テオ……お前……酷い顔色だぞ……!?」
「……えっ、そうか……?」と、テオは自分の頬を触ってみた。手も頬も僅かに乾燥していてカサカサしている。分かるのはそれだけだ。鏡を見ていないので、自分がどんな顔色をしているのかなど分かりようもない。それに、そんなことに興味はなかった。
「……そんなことを言いにきたのか?」
テオは頬から手を離して、レオポルドの新緑の瞳を見つめた。おそらく、突然部屋に閉じこもったテオを心配して、様子を見にきてくれたのだろう。
だが、一人でいたいテオにとっては余計なお世話だったし、さっさと用件を口にしないレオポルドにイラついてもいた。――早く一人になりたい。
「心配しなくても、俺は大丈夫だから」
「じゃあな」と、テオは扉を閉めようとした。
しかし、レオポルドは咄嗟にドアとドアの隙間へ手を入れて、強い力で扉が閉まるのを防いだ。
「テオ! ちょっと、待てって!」
テオは、チラリと扉を掴んでいるレオポルドの手を一瞥すると、ハァとため息をついた。――このまま扉を閉めてしまえば、レオポルドに怪我を負わせてしまう。それは本意ではない。
「……何か用件があるなら、早く言ってくれないか?」
煩わしいと思っていることを態度に出して言うと、レオポルドは僅かに怯んだようだった。
しかし、レオポルドは真剣な表情を浮かべて、
「……テオ。もしかしたら、オレが力になれるかもしれない」
「なんのだ?」
「……『男と女の性』について」
まさにテオが悩んでいる主題だったので、それを的確に言い当てたレオポルドに、ポカンとした顔を向けてしまう。その表情を見て、レオポルドは確信を得たのだろう。「バイセクシャルのオレなら力になれる」と、はっきり言い切った。
――確かに。バイセクシャルのレオポルドなら、テオがクラーラとオルランドの性行為に嫌悪感を抱いている理由。そしてオズヴァルドに対して、性的欲求を持ってしまっている件について、的確な答えを教えてくれるかもしれない。
たった数秒の間に、『レオポルドに話を聞いてもらう事には利点がある』と計算したテオは、レオポルドを部屋に招き入れることに決めた。
「……手を離してくれ。レオ」
「テオっ! オレは、」
「勘違いするな。お前を部屋に入れるから、手を離して欲しいと言っているんだ。……このままじゃ、扉を開けることが出来ないだろう?」
「あ、ああ……そういうこと」と、レオポルドは囁くように呟いて、扉を掴んでいた手を離した。それを確認して、テオは内開きの扉をキィィと開き切る。
「ほら。入れよ」
部屋に入る前から視認できたであろう、午前中にもかかわらず、薄暗い部屋を見て驚いたのだろう。レオポルドは一瞬、入室するのを躊躇った様子だったが、ごくりと唾を飲み込み足を踏み出した。
レオポルドが部屋に入ったのを見遣り、テオは廊下に誰もいないことを確認して、部屋の扉を閉めたのだった。