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第17話 適任者

 テオが再び、部屋に引きこもってしまった。


 前日の就寝前まで明るく笑っていたのに、たった一夜にしてこのような深刻な事態に陥ろうとは、誰も予想していなかった。


 ――朝食後。


 レオポルドとオズヴァルドは、二人の為に用意されたアルバーニ邸の客室で、テオのことについて話をしていた。


「テオ。なんで急に部屋に閉じこもっちゃったんだろう?」


 レオポルドは頭の後ろで両手を組み、カウチソファに仰向けに寝転んだ。それから首をひねって、オズヴァルドを見た。オズヴァルドは、一人掛けのソファに座って黙り込んでいる。その難しそうな表情を見て、レオポルドはオズヴァルドに声をかけた。


「……なあ、オズ。お前、何も知らないのか?」


「知らないって、何がだ?」


「そりゃあ、テオがオレ達に会わなくなった理由だよ」


「知っていれば、お前に話している」


 「だよなぁ」と、レオポルドは視線を天井に向けて、長い脚を組み替えた。


 室内に、重苦しい沈黙が落ちる。その沈黙を先に破ったのは、オズヴァルドだった。


「……なあ、レオ」


「ん? なんだ?」


 レオポルドは寝転んだまま、顔を半分だけオズヴァルドに向ける。するとオズヴァルドは、膝の上に両肘をつき、手を組んで顎を乗せた。


「……もしかしたら、の話なんだが。テオは『女性恐怖症』を患っているんじゃないだろうか?」


「女性恐怖症?」


 復唱したレオポルドに向かって、オズヴァルドは首肯した。


「テオは昔から潔癖なところがあって、男女の交流というものをほとんどしたことがないんだ」


 「はぁ!? それ、本当かよ?」と、レオポルドは、ソファから跳ね起きる。


「ああ、本当だ。……まあ、本人の意思で潔癖になったというよりも、そうならざるを得なかった……といった方が正しいか」


「もしかして……それって、アルバーニ家の当主の座を巡って、騒動が起きた時の話が関係してるのか?」


「ああ、そうだ。……テオから聞いたのか?」


 「うん」と、レオポルドは、ソファの上で胡座を組んだ。


「寮で同室になった時にさ、『なんで聖騎士養成所』に入学してきたのかって話題が上がってさ。そん時にいろいろ聞いたんだ。親戚が色んな汚い手を使って、お兄さんを陥れようとしたって。そんで、その中には、ハニートラップもあったらしくてさ」


「そうだ。幼いテオにまで汚い触手を伸ばしてきた。……危機一髪のところで、キャリーが防いだがな。それもあって、キャリーは異常なほど、テオに対して過保護なんだ」


 「……なるほど。そうだったのか」と、レオポルドは納得した。「でも」とレオポルドは言葉を続ける。コーヒーを一口飲んだオズヴァルドは首を傾けた。


「女性が苦手なんだったら、どうしてカステリヤーノ令嬢と婚約することができたんだ?」


 オズヴァルドはもう一口コーヒーを飲んで、ソーサーの上にカップを置いた。


「『女臭い女性じゃなかった』からだろう。……五フィートもない身長、童顔、幼い声に喋り方。それに、香水を使っていなかった」


「……でも、出てるとこは出てたぜ? こう、ボイーンと」


 レオポルドが手を動かして再現して見せると、オズヴァルドは汚物を見るような視線を向けてきた。「なっ、なんだよ……そんな目で見るなよっ」と、レオポルドは唇を尖らせてそっぽを向く。オズヴァルドは、ハァとため息を吐いて、前髪を掻き上げた。


「……テオにとって、女性の象徴は見慣れたものだったろうからな。気にならなかったんだろう」


 そう言われて、レオポルドは、ハッとして手のひらを拳で叩いた。


「テオのお姉さんを見慣れてたからか!」


 「……そういうことだ」と、オズヴァルドは、気まずそうに乾咳をしてみせた。


「――それで、話は戻るが。『女』として意識していなかったカステリヤーノ令嬢の『女』の姿を見せつけられて、テオは、女性恐怖症を患った。と、ボクは踏んでいる」


 「そこで、お前の出番だ。レオ」と、オズヴァルドは、レオポルドを指さした。「えっ、オレ!?」と、レオポルドは、自分の顔を指差す。それを見て、オズヴァルドはコクリと頷いた。


「『性』に関しては、お前が適任だろう。ボクの予想が当たっていれば、テオはお前のことは受け入れるはずだ」


「……だから、今からテオの部屋に行って来いって?」


「そうだ」


「ふざけんなよ、もー! なんで好きな相手に『性』についての座学をしなくちゃならないんだよっ」


 「お前……テオのことが好きなのか?」と、オズヴァルドは、驚いた様子で指をさしてきた。「何度も指さすんじゃねーよ」と、レオポルドは、オズヴァルドの手を叩き落とす。どうやら、相当な衝撃を受けたらしいオズヴァルドは、呆然としたまま動かなくなった。


 レオポルドは、フンと鼻を鳴らしてソファから立ち上がる。「どこに行く?」と、意識を取り戻したらしいオズヴァルドに聞かれて、レオポルドは腰に片手を当てた。


「どこ、って。お前が言ったんだろ? テオの部屋に行ってくるのさ」


「ちょっと、待て!」


 「待ちませーん」と、オズヴァルドの制止の声を無視して、レオポルドはテオの部屋へと向かったのだった。

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