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第13話 悪夢

 ティールームでレオポルドとオズヴァルドと別れ、客間で軽い診察を受けたテオは、心地の良い疲労感を感じながら湯浴みを済ませてベッドに入った。


 健康な人にとっては、寝るにはまだ早い時間帯だ。


 レオポルドとオズヴァルドは何をして過ごしているのだろう、と考える。聖騎士養成所ではあまり仲良くなかった二人だが、アルバーニ領に来る道中でいろいろあったのか、前よりも親しくなっている様子だった。


「馬に乗って二人旅か……大変だっただろうけど、楽しかっただろうな……」


 いいなぁ、俺もしたかったなぁと思いながら、テオはうとうと微睡み眠りについた。――不眠症になってから、久しぶりの寝付きの良い夜だった。






 ――百合の甘ったるい香りがして、テオは不快感に目覚めた。


 身体の上に重みを感じてうっすら目を開けると、そこには可憐な可愛らしい笑みを浮かべた、テオの元婚約者――クラーラ・カステリヤーノの姿があった。


「……また君か……」


 テオはうんざりとした声で言う。――そう、これは夢だ。クラーラと元親友のオルランドが、庭園の東屋で睦み合う姿を目撃してから、毎日のように現れる幻影。


 夢の中のクラーラは、婚約破棄した日と同じドレスをはだけさせ、テオの顔にゆっくりと唇を寄せてくる。テオは激しい嫌悪感と抵抗感を感じて、やめてくれ! と顔をそらす。するとクラーラはいつの間にかカウチソファに移動し、艶かしい太ももをあらわにして、ソファにもたれて座るオルランドの上に跨っていた。


 これから聞こえるであろう、クラーラの喘ぎ声とオルランドの荒い息遣い、そして粘着質な水音を思い出す。テオは表情を強張らせて、勢いよく両耳を塞いだ。


 しかし聞きたくもない、いやらしく淫靡な音は、テオの頭の中に直接響いてくる。


 テオは急いで布団の中に逃げ込み、音を掻き消すために、必死で創世神への祈りの言葉を口にする。そうして毎晩と同じく、気を失うように意識を手放すのだった――






 ――夜も更けた、テオの寝室。


 悪夢から目覚めたテオは、自分の夜着が寝汗でぐっしょり濡れているのを感じて、サイドチェストの上のベルを手に取り鳴らした。


 控室で控えていた夜番のメイドが、すぐにやってきてくれた。


「すまないけど、体を拭く手ぬぐいとお湯。あと、新しい夜着を用意して欲しい」


 「かしこまりました」と言って、メイドは部屋を出ていった。


 テオはメイドが部屋に戻って来るまでの間、夜空でも見ようと掃き出し窓に近づいた。バルコニーに隠れて見えないが、窓の外には忌まわしい庭園が広がっていて、ほんの少しだけ例の東屋の一部が見えるのだ。


「……やっぱり、姉上に頼んで部屋を変えてもらおう」


 ――この際、日当たりが悪かろうが、景観が悪かろうがどうでもいい。


「あの庭園と東屋が見えない部屋ならどこでもいい。……もう、疲れた」


 テオはカーテンをめくって、夜空を見上げた。黒に近い濃紺色の夜空には雲一つなく、ぼんやりと白っぽく浮かぶ月の周りに、宝石箱をひっくり返したような色とりどりの星たちが瞬いていた。――素直に、美しい星空だと思う。


 けれど、『私を見て』『こっちを向いて』と競うようにキラキラと輝く様子が、社交界で自分に近寄ってくる女性達と重なった。


「っ、う……!」


 テオは吐き気を催して、急いでカーテンを閉めた。そのままズルズルと床にへたり込む。


「……フッ、ハハ……アハハハハハ……!」


 何故か笑いが込み上げてきて、テオは狂ったように笑いながら、涙を流したのだった。






 ――早朝。あれから寝ることが出来なかったテオは、酷い顔色をしていた。


 普段であれば、気にせずこのまま生活し、一日のほとんどをカーテンを閉め切った部屋にこもって過ごす。


 だが今は、親友であるレオポルドと、幼馴染であるオズヴァルドが邸に滞在中だ。


 朝食は辞退させてもらったが、友人である自分が顔を見せないのは失礼だろう。


 テオは側に控えていたメイドに、カロリーナを連れてきてほしいと頼んだ。


 「かしこまりました」と、メイドが部屋から出ていってすぐに、カロリーナはテオの元にやってきた。こんなに朝早く、テオがカロリーナを呼び出すのは初めてのことで、流石のカロリーナも何事かと驚いていた。


「どうしたの? テオ。何かあったの?」


 椅子に座るテオの目線に合わせて、カロリーナはしゃがみ込む。その美しい顔は、困惑と心配が混ざり合ったような表情を浮かべていた。


 頬に優しく添えられたカロリーナの手に、テオは自分の手を重ねた。テオの甘える仕草に、カロリーナは女神のような微笑みを浮かべる。


「実は、姉上にお願いがあるんだ」


「あら。テオがわたくしにお願い事をするなんて、珍しいですこと。可愛いテオのためでしたら、なんてもしてあげるわ」


 にっこり笑って言ったカロリーナに、テオも微笑み返した。


「……俺。今日も酷い顔色だろう? レオポルドとオズヴァルドに心配をかけたくないから、姉上に化粧で隠して欲しいんだ」


 頼めるかな? とテオが首を傾けると、カロリーナは「もちろんよ。姉上にまかせなさい」と言って、メイドに化粧道具を準備させた。


 メイドが持ってきたカロリーナの化粧道具で、テオは顔色を取り戻していく。


「……こんな感じでどうかしら?」


 カロリーナに手渡された手鏡を見て、流石姉上だね、とテオはふわりと微笑んだのだった。

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