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第12話 カロリーナ ②

「今から千年前に一度、我が国ディエボルンに厄災が降りかかり、当時の国王が二人のエフィーリアを召喚したらしいわ。そして厄災を退けたのちに、二人はそれぞれ、アルバーニ家とガレッディ家に嫁いでいるのよ」


「……ボクも知らないことを、何故、キャリーが知っている?」


「お母様に教えていただいたからよ。……まだお母様が生きてらした時は、よく昔語りをしてくださいましたの。お母様の話によれば、今現在厄災とエフィーリアに関する本は、政治的な理由で殆どが禁書扱いになっているらしいわ」


 「お母様は本がお好きだったから、こっそり隠れて読んでらしたのよ」と、カロリーナは懐かしそうに微笑みを浮かべた。


 「あの、」と、レオポルドが前のめりになって口を開く。


「テオから聞いたんですけど、お亡くなりになったお母様って、現国王の妹君なんですよね?」


 「そうよ」と、カロリーナはレオポルドに頷いた。


「お父様とお兄様の瞳が青いのは、エフィーリア様の血が濃いからなのよ、ってお母様はおっしゃいていたわ」


 「なるほど」と、レオポルドは頷いた。


「ディエボルンでは、青い瞳は珍しいですからね」


 オズヴァルドもレオポルドに同調して頷いた。


「……確かに。色の濃さに違いはあるが、ボクの父と兄も青い瞳をしている。不思議に思えど、わざわざ理由を訊ねたことはなかった。……そういうことだったのか」


「それで?」


 カロリーナの問いかけに、オズヴァルドとレオポルドは首を傾ける。


「こんなつまらない話よりも、イテーリオ令息は、わたくしの素晴らしい『変な趣味』についてお聞きになりたいのでしょう?」


 ――そんな話はすっかり忘れていたのだろう。


 ハッとしたレオポルドは、頭を掻きながら、片手を左右に振った。


「い、いえ! もう十分お話できたので……!」


「あら。遠慮なさらなくってもよろしいのよ? 自分の事をペラペラと話すのは好きではないのだけれど、特別に」


 「えっ、えぇ〜〜っと」と、焦った様子のレオポルドを一瞥して、オズヴァルドはカロリーナに声をかけた。


「キャリー。君に聞きたいことがある」


「なにかしら? 機嫌が良いから、今だったら答えてさしあげるわ」


 そう言って、カロリーナは足を組みながら、カップとソーサーを持ち上げた。オズヴァルドは、乾いた唇をひと舐めしてから口を開く。


「テオから聞いた。君がカステリヤーノ令嬢と親友だったのは、彼女の欲深いところを気に入っていたからだと」


 「そうよ」と、カロリーナは紅茶を二口飲んで、カップとソーサーをテーブルに置いた。それから扇子を広げて、繊細なレースの模様を、うっとりと眺める。


「あの子――ララは、社交界での地位を確立したがっていたわ。だけど、欲深いくせに傲慢ではなくて、身の程をよくわきまえていたの。わたくしは身の程をわきまえない傲慢な人間は嫌いだけれど、ララは、自分の力で手に入るモノの限度を知っていた……」


「だから与えたのか。お前の大切な弟のテオを」


 「ええ、そうよ」と言って、カロリーナは扇を閉じ、真っ直ぐな眼差しをオズヴァルドに向けてきた。


 オズヴァルドは、眉間にシワを寄せて、カロリーナを睨みつける。


「その結果、テオがあんな風に病んでしまうと分かっていたのか?」


「分かっていたら、婚約なんてさせなかったわ!!」


 カロリーナは言うと同時に、テーブルの角に扇子を思いっきり叩きつけた。


 バキッ! と、乾いた音を立てて、扇子が真っ二つに折れる。


 カロリーナは暗い目をして、使い物にならなくなった扇子を、床に放り捨てた。


「……お気に入りだったのに」


 「使い物にならなくなってしまったわね」と、カロリーナが艶やかに微笑む姿は、ゾッとするほど美しかった。


 シーン、と静まり返る室内に、コンコンと扉をノックする音が響く。カロリーナは振り返りもせず、「なんですの?」と声をかけた。


「カロリーナお嬢さま。レアンドロ様がお呼びです。『至急、執務室に来るように』との仰せにございます」


 メイドの声に、カロリーナは踵を返して、颯爽と扉へと向かった。


「すぐに向かうわ。扉を開けてちょうだい」


 命に従って扉を開いたメイドに、カロリーナは、


「床にごみが落ちているわ。すぐに燃やしてちょうだい」


 と言った。そして、去り際の言葉もかけず、ティールームから出ていった。カロリーナと入れ替わりに入ってきたメイドは、床に落ちている折れた扇子を見つけると、顔色一つ変えずに拾い上げる。


「――紅茶のおかわりはいかが致しますか?」


 と尋ねられ、ハッと我に返ったオズヴァルドは、


「いや、いい。……そろそろ休みたいのだが、その前に湯浴みを済ませたい。準備をしてもらえるだろうか?」


 と言った。メイドは軽く膝を曲げてお辞儀をし、


「かしこまりました。準備が整い次第、お声を掛けさせて頂きます。それまでこちらで少々お待ち下さい」


 と言って、静かに退出していった。


 オズヴァルドとレオポルドの二人だけになった室内に、レオポルドの大きなため息が響く。


「テオのお姉さん、怖ぇ〜〜! あれは『悪女』じゃなくて『悪魔』だぞ……」


「……お前。その言葉がキャリーの耳に入ったら殺されるぞ」


「えっ!?」


「……冗談だ」


「はぁ〜〜!? 笑えねー冗談はよしてくれよぉ〜〜!」


 もたれ掛かっていたソファから、ずるずるとずり落ちていくレオポルドの姿を見て、オズヴァルドは疲れた笑みを浮かべたのだった。

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