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第11話 カロリーナ ①

 レオポルドに、カロリーナの相手を押し付けられたオズヴァルドは、はぁとため息を吐いてティーカップをソーサーに置いた。それから、コホンと空咳をして、口を開く。


「……キャリー」


「あら。その馴れ馴れしい呼び方、もうやめてくださる?」


 オルランドだけでなく、ガレッディ家の者を『敵』認定したらしいカロリーナに、愛称で呼ぶことを嫌がられてしまった。そうしたくなるカロリーナの気持ちは理解出来たが、幼馴染である彼女を『キャリー』としか呼んだことのないオズヴァルドは、ではなんと呼べば良い? とカロリーナに訊ねた。


 「そうねえ」と、カロリーナは胸元から取り出した折りたたみ式の扇子を開き、黒いレースの扇で口元を隠した。


 「ちょっ! なんて所から取り出してんの!?」と、小声でツッコミを入れるレオポルドを無視して、大人しくカロリーナの返事を待つ。


 右手で黒髪を掻き上げたカロリーナは、意地の悪そうな視線をオズヴァルドに向けてきた。


「……でしたら。他の殿方と同じように、『カロリーナ様』か『アルバーニ令嬢』とお呼びなさい」


「分かった。じゃあ、『アルバーニ令嬢』と呼ばせてもらう」


 当然のように『様』呼びを選ばなかったオズヴァルドに、カロリーナはツンと顎を上げて、「相変わらず、可愛げのない子ね」と言ってきた。「ボクにとっては褒め言葉だ。ありがとう」と、オズヴァルドは嫌味を言い返す。カロリーナとオズヴァルドの間に、ブリザードが吹き荒れた。


 「おい、オズ。勘弁してくれよ」と、情けない声を出したレオポルドは、自分の身体を両腕で抱きしめて震えている。「たかだかこれしきのことで情けない男ね」と、キャロリーナはつまらなそうに言う。オズヴァルドもキャロリーナと同じことを思っていたので、レオポルドを庇うことはしなかった。


 テオがティールームに戻ってくれば、穏便に話をすることができるだろう、とオズヴァルドは考えていた。が、その考えを読み取ったらしいカロリーナに、テオは戻ってこないと言われてしまう。


 「えっ! なんでですか!?」と、レオポルドは前のめりになって訊ねた。オズヴァルドは、なんだかんだ言って怖い物知らずなレオポルドを、心中で尊敬した。


 レオポルドの質問が気に障ったのだろう。自分のことはともかく、家族のこと――特にテオのことについて詮索されるのを嫌うカロリーナは、まなじりを吊り上げた。


「今日、初めて会ったばかりのどこぞの馬の骨に、わたくしの可愛いテオの個人情報を教えるわけがないじゃない」


「ど、どこぞの馬の骨……? オ、オレさっき、レオポルド・フォン・イテーリオって名乗りましたけど……?」


「だってわたくし、『イテーリオ』なんて家名は、聞いたことがありませんもの」


 言って、カロリーナは、ツンと顎を上げた。


 「助けてくれよ、オズゥ」と、レオポルドに縋りつかれて、オズヴァルドは仕方なく助け舟を出すことにする。


「アルバーニ令嬢。レオは、」


「お待ちになって」


 突然会話を遮られて、オズヴァルドは眉間にシワを寄せた。


「なんなんだ、急に」


 「オズ。これを見てちょうだい」と、カロリーナは、黒のロンググローブをめくって肌を見せてくる。白磁のような、白く滑らかな肌に、ポツポツと鳥肌が立っていた。


「……鳥肌が立っているが……それがどうした?」


 「『それがどうした?』じゃありませんわっ」と、カロリーナは、めくったグローブを直した。


「あなたが『アルバーニ令嬢』なんて、気色の悪い呼び方をするからこうなったのよ! 今すぐ元に戻しなさいなっ」


 とてつもなく理不尽な理由と言い方だが、自己中心的なのはカロリーナの通常運転なので、オズヴァルドは素直に従った。――レオポルドは、カロリーナにドン引きしていたが。まあ、知ったことではない。


「……キャリー。レオは、イテーリオ子爵家の長男だ」


「あら? でしたら将来、爵位を継ぐのではなくて? 何故、聖騎士養成所に通ってらっしゃるの?」


 カロリーナは、ようやくレオポルドに興味が湧いてきたらしい。


 オズヴァルドはレオポルドの個人情報を話してもいいか迷った。が、チラッと横目でレオポルド見ると、「話してもいいよ」と言われたので、遠慮なく口を開いた。


「イテーリオ子爵家は、代々優秀な聖騎士を輩出するから、聖都ステルラでは家名を知らない者がいないほど有名なんだ」


「そうでしたのね。……でしたら、何か特殊な能力をお持ちに?」


 無事、人間として話しかけられたレオポルドは、反応に困ってポリポリと人差し指で頬を描く。


「えーっと。そんなに大した能力ではないんですけど、『魅了』の能力を少々……」


 「まあ!」と、感心したような声を上げたカロリーナに、レオポルドは焦った様子で片手を振った。


「で、でも何故か、テオとオズヴァルドには効かなくて」


「あら。それは当然ですわ。アルバーニ家とガレッディ家には、木の女神シルティアーナ様の愛し子エフィーリアの血が流れてますもの」


 「そんな話は初耳だぞ」と、オズヴァルドは両目を見開く。「だって、聞かれなかったんだもの」と、カロリーナは平然と言って、言葉を続けた。

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