レオポルドに、カロリーナの相手を押し付けられたオズヴァルドは、はぁとため息を吐いてティーカップをソーサーに置いた。それから、コホンと空咳をして、口を開く。
「……キャリー」
「あら。その馴れ馴れしい呼び方、もうやめてくださる?」
オルランドだけでなく、ガレッディ家の者を『敵』認定したらしいカロリーナに、愛称で呼ぶことを嫌がられてしまった。そうしたくなるカロリーナの気持ちは理解出来たが、幼馴染である彼女を『キャリー』としか呼んだことのないオズヴァルドは、ではなんと呼べば良い? とカロリーナに訊ねた。
「そうねえ」と、カロリーナは胸元から取り出した折りたたみ式の扇子を開き、黒いレースの扇で口元を隠した。
「ちょっ! なんて所から取り出してんの!?」と、小声でツッコミを入れるレオポルドを無視して、大人しくカロリーナの返事を待つ。
右手で黒髪を掻き上げたカロリーナは、意地の悪そうな視線をオズヴァルドに向けてきた。
「……でしたら。他の殿方と同じように、『カロリーナ様』か『アルバーニ令嬢』とお呼びなさい」
「分かった。じゃあ、『アルバーニ令嬢』と呼ばせてもらう」
当然のように『様』呼びを選ばなかったオズヴァルドに、カロリーナはツンと顎を上げて、「相変わらず、可愛げのない子ね」と言ってきた。「ボクにとっては褒め言葉だ。ありがとう」と、オズヴァルドは嫌味を言い返す。カロリーナとオズヴァルドの間に、ブリザードが吹き荒れた。
「おい、オズ。勘弁してくれよ」と、情けない声を出したレオポルドは、自分の身体を両腕で抱きしめて震えている。「たかだかこれしきのことで情けない男ね」と、キャロリーナはつまらなそうに言う。オズヴァルドもキャロリーナと同じことを思っていたので、レオポルドを庇うことはしなかった。
テオがティールームに戻ってくれば、穏便に話をすることができるだろう、とオズヴァルドは考えていた。が、その考えを読み取ったらしいカロリーナに、テオは戻ってこないと言われてしまう。
「えっ! なんでですか!?」と、レオポルドは前のめりになって訊ねた。オズヴァルドは、なんだかんだ言って怖い物知らずなレオポルドを、心中で尊敬した。
レオポルドの質問が気に障ったのだろう。自分のことはともかく、家族のこと――特にテオのことについて詮索されるのを嫌うカロリーナは、まなじりを吊り上げた。
「今日、初めて会ったばかりのどこぞの馬の骨に、わたくしの可愛いテオの個人情報を教えるわけがないじゃない」
「ど、どこぞの馬の骨……? オ、オレさっき、レオポルド・フォン・イテーリオって名乗りましたけど……?」
「だってわたくし、『イテーリオ』なんて家名は、聞いたことがありませんもの」
言って、カロリーナは、ツンと顎を上げた。
「助けてくれよ、オズゥ」と、レオポルドに縋りつかれて、オズヴァルドは仕方なく助け舟を出すことにする。
「アルバーニ令嬢。レオは、」
「お待ちになって」
突然会話を遮られて、オズヴァルドは眉間にシワを寄せた。
「なんなんだ、急に」
「オズ。これを見てちょうだい」と、カロリーナは、黒のロンググローブをめくって肌を見せてくる。白磁のような、白く滑らかな肌に、ポツポツと鳥肌が立っていた。
「……鳥肌が立っているが……それがどうした?」
「『それがどうした?』じゃありませんわっ」と、カロリーナは、めくったグローブを直した。
「あなたが『アルバーニ令嬢』なんて、気色の悪い呼び方をするからこうなったのよ! 今すぐ元に戻しなさいなっ」
とてつもなく理不尽な理由と言い方だが、自己中心的なのはカロリーナの通常運転なので、オズヴァルドは素直に従った。――レオポルドは、カロリーナにドン引きしていたが。まあ、知ったことではない。
「……キャリー。レオは、イテーリオ子爵家の長男だ」
「あら? でしたら将来、爵位を継ぐのではなくて? 何故、聖騎士養成所に通ってらっしゃるの?」
カロリーナは、ようやくレオポルドに興味が湧いてきたらしい。
オズヴァルドはレオポルドの個人情報を話してもいいか迷った。が、チラッと横目でレオポルド見ると、「話してもいいよ」と言われたので、遠慮なく口を開いた。
「イテーリオ子爵家は、代々優秀な聖騎士を輩出するから、聖都ステルラでは家名を知らない者がいないほど有名なんだ」
「そうでしたのね。……でしたら、何か特殊な能力をお持ちに?」
無事、人間として話しかけられたレオポルドは、反応に困ってポリポリと人差し指で頬を描く。
「えーっと。そんなに大した能力ではないんですけど、『魅了』の能力を少々……」
「まあ!」と、感心したような声を上げたカロリーナに、レオポルドは焦った様子で片手を振った。
「で、でも何故か、テオとオズヴァルドには効かなくて」
「あら。それは当然ですわ。アルバーニ家とガレッディ家には、
「そんな話は初耳だぞ」と、オズヴァルドは両目を見開く。「だって、聞かれなかったんだもの」と、カロリーナは平然と言って、言葉を続けた。