「……テオ、お前……カステリヤーノ令嬢みたいな、頭の悪そうな女性が好みなのか……?」
何故か、絶望したような表情を浮かべるオズヴァルドに、テオは胸の前で両手を振って否定した。
「違う、違う! クラーラが『ララはね』って言うから、可愛いなって思ったのであって、」
「尚更、駄目じゃないかっ」と、今度はレオポルドが失望したような顔をする。
それっきり喋らなくなってしまった二人に困惑したテオは、
「で、でも、アレかなっ? 理想の女性は、姉上みたいな人かな!」
と言って、二人の反応を待った。そして、お互いに顔を見合わせた二人は、「まあ、それならいい」と気力を取り戻したようなので安心する。――なんなのだ、一体。
テオは、ふぅと息を吐いて、ハーブティー――胃が悪いので、紅茶ではなく――を飲む。カップをソーサーに置いたところで、「なぁ」とレオポルドに話しかけられた。
「うん? なんだ?」
テオが首を傾けると、レオポルドは一瞬躊躇うようなそぶりを見せて、
「……どうして、カステリヤーノ令嬢と婚約することになったんだ? ……その、やっぱり……好き、だったのか?」
と言った。テオは、キョトンとしたあと、
「……クラーラは姉上の親友だったんだ。それで、ある日クラーラを紹介されて、俺が『可愛い人だね』って言ったら婚約が決まった……それだけだよ。クラーラを好きだったかどうかと聞かれたら、『好き』だったけど、それが恋とか愛とかいうものだったのかは分からない」
「ちょっ、ちょっと待て。カステリヤーノ令嬢が、お前のお姉さんと
「……それはボクも初耳だ」
「姉上とクラーラが、どういう経緯で親友と名乗るまでの仲になったのかは知らない。けど、婚約破棄したあの日、姉上がクラーラに『元新興貴族であるクラーラが、社交界での立場を得るために姉上に近づいてきた、その度胸を買っていた』……と言っていたのを聞いた」
「なんだ、それ」と、レオポルドは、理解できないと言いたげな表情を浮かべる。それとは対照的に、オズヴァルドは納得したらしい反応を示した。
「……姉上は、身の程知らずな人のことは嫌いだけど、自分の立場をよく理解した上で、権力に媚びてくる人のことは好きなんだ」
「なんで?」
「「わかりやすいから」」
テオとオズヴァルドの声が重なり、二人は顔を見合わせたあと、フッと笑い合った。「ちょっと、ちょっと!」と言って、席を立ったレオポルドが、二人の視線の間に割り込んでくる。
「なぁーに、二人だけで、『分かり合ってます』って雰囲気を醸し出しちゃってるわけ!? オレには、サッパリなんですけど!」
鼻息荒くまくし立てるレオポルドを一瞥して、オズヴァルドは、フッと勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「所詮お前は、
「『物心がつく前からの幼馴染』! だろ? だぁーっ! いちいちマウント取ろうとしなくていいからっ。それより、なんでテオのお姉さんが変な趣味してるのか教えてくれって!」
「それは――」
「わたくしが直々に教えてさしあげますわ」と、オズヴァルドの言葉をさえぎって、扉の向こうから声がした。
三人がほぼ同時に扉の方を見遣ると、バン! と扉が開け放たれ、薔薇の香りをまとったカロリーナが颯爽と現れた。驚くレオポルドとオズヴァルドの顔をみて、フンと鼻を鳴らし、髪を掻き上げながらソファへと近づいてくる。その後ろには、ティーワゴンを押すメイドの姿があった。
「お前。この二人に新しい紅茶を入れて差し上げて」
「かしこまりました」
「それとテオ」
「はい。姉上」
「そろそろ、夜のお薬と診察の時間よ。お医者様が客間で待ってらっしゃるわ」
カロリーナは、女神のように優しい微笑みを浮かべ、春風のような温かく優しい声で言った。
「もうそんな時間でしたか。ごめんなさい、姉上。話に夢中になりすぎて、時間を見ていませんでした」
カロリーナは口元に手を当てて、クスクスと可憐な笑い声を上げる。
「そんなことを気にしなくてもいいのよ。それだけ楽しい時間だったのでしょう? さあ、急がなくてもいいから、気をつけて行ってらっしゃいな」
テオはこくりと頷いて、「二人のことを頼みます」と行って部屋を後にした。
――パタン、と扉が閉まり、穏やかだった空気がピリッとしたものになる。
身を固くするレオポルドの耳元に、カロリーナの顔が、ゆっくり近づいてくる。そして――
「――で? わたくしの趣味がなんですって?」
「ヒィッ!」
レオポルドが身体を跳ねさせると、フンとカロリーナが鼻を鳴らし、テオが座っていた場所へ腰を下ろした。
「なによ。そんなに怖がっちゃって。わたくしがあなたに何をしたというのよ?」
カロリーナは言って、メイドに下がるように命じた。レオポルドは、部屋から出ていくメイドの姿を、縋る目で見送ったあと、ガクリと肩を落とした。
「……オレのことを、
カロリーナはカップとソーサーを持ち上げて、
「あら。叩いてはいないじゃない。脅しはしたけれど」
と言って、優雅な仕草で紅茶を飲んだ。
レオポルドは、スンと鼻をすすって、「そうですね……」と言った。――駄目だ。この
自分では太刀打ち出来ないと悟ったレオポルドは、隣でしれっと紅茶をすするオズヴァルドの肩に、ポンと手を置いた。
「……オズ。あとは任せた……!」
「は?」
オズヴァルドが声を上げた瞬間、カロリーナの視線が自分からそれたことに、レオポルドは安堵したのだった。