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第10話 事の顛末 ②

「……テオ、お前……カステリヤーノ令嬢みたいな、頭の悪そうな女性が好みなのか……?」


 何故か、絶望したような表情を浮かべるオズヴァルドに、テオは胸の前で両手を振って否定した。


「違う、違う! クラーラが『ララはね』って言うから、可愛いなって思ったのであって、」


 「尚更、駄目じゃないかっ」と、今度はレオポルドが失望したような顔をする。


 それっきり喋らなくなってしまった二人に困惑したテオは、


「で、でも、アレかなっ? 理想の女性は、姉上みたいな人かな!」


 と言って、二人の反応を待った。そして、お互いに顔を見合わせた二人は、「まあ、それならいい」と気力を取り戻したようなので安心する。――なんなのだ、一体。


 テオは、ふぅと息を吐いて、ハーブティー――胃が悪いので、紅茶ではなく――を飲む。カップをソーサーに置いたところで、「なぁ」とレオポルドに話しかけられた。


「うん? なんだ?」


 テオが首を傾けると、レオポルドは一瞬躊躇うようなそぶりを見せて、


「……どうして、カステリヤーノ令嬢と婚約することになったんだ? ……その、やっぱり……好き、だったのか?」


 と言った。テオは、キョトンとしたあと、


「……クラーラは姉上の親友だったんだ。それで、ある日クラーラを紹介されて、俺が『可愛い人だね』って言ったら婚約が決まった……それだけだよ。クラーラを好きだったかどうかと聞かれたら、『好き』だったけど、それが恋とか愛とかいうものだったのかは分からない」


「ちょっ、ちょっと待て。カステリヤーノ令嬢が、お前のお姉さんとだったのか!?」


「……それはボクも初耳だ」


「姉上とクラーラが、どういう経緯で親友と名乗るまでの仲になったのかは知らない。けど、婚約破棄したあの日、姉上がクラーラに『元新興貴族であるクラーラが、社交界での立場を得るために姉上に近づいてきた、その度胸を買っていた』……と言っていたのを聞いた」


 「なんだ、それ」と、レオポルドは、理解できないと言いたげな表情を浮かべる。それとは対照的に、オズヴァルドは納得したらしい反応を示した。


「……姉上は、身の程知らずな人のことは嫌いだけど、自分の立場をよく理解した上で、権力に媚びてくる人のことは好きなんだ」


「なんで?」


「「わかりやすいから」」


 テオとオズヴァルドの声が重なり、二人は顔を見合わせたあと、フッと笑い合った。「ちょっと、ちょっと!」と言って、席を立ったレオポルドが、二人の視線の間に割り込んでくる。


「なぁーに、二人だけで、『分かり合ってます』って雰囲気を醸し出しちゃってるわけ!? オレには、サッパリなんですけど!」


 鼻息荒くまくし立てるレオポルドを一瞥して、オズヴァルドは、フッと勝ち誇ったような表情を浮かべた。


「所詮お前は、親友。比べてボクは、」


「『物心がつく前からの幼馴染』! だろ? だぁーっ! いちいちマウント取ろうとしなくていいからっ。それより、なんでテオのお姉さんが変な趣味してるのか教えてくれって!」


「それは――」


 「わたくしが直々に教えてさしあげますわ」と、オズヴァルドの言葉をさえぎって、扉の向こうから声がした。


 三人がほぼ同時に扉の方を見遣ると、バン! と扉が開け放たれ、薔薇の香りをまとったカロリーナが颯爽と現れた。驚くレオポルドとオズヴァルドの顔をみて、フンと鼻を鳴らし、髪を掻き上げながらソファへと近づいてくる。その後ろには、ティーワゴンを押すメイドの姿があった。


「お前。この二人に新しい紅茶を入れて差し上げて」


「かしこまりました」


「それとテオ」


「はい。姉上」


「そろそろ、夜のお薬と診察の時間よ。お医者様が客間で待ってらっしゃるわ」


 カロリーナは、女神のように優しい微笑みを浮かべ、春風のような温かく優しい声で言った。


「もうそんな時間でしたか。ごめんなさい、姉上。話に夢中になりすぎて、時間を見ていませんでした」


 カロリーナは口元に手を当てて、クスクスと可憐な笑い声を上げる。


「そんなことを気にしなくてもいいのよ。それだけ楽しい時間だったのでしょう? さあ、急がなくてもいいから、気をつけて行ってらっしゃいな」


 テオはこくりと頷いて、「二人のことを頼みます」と行って部屋を後にした。






 ――パタン、と扉が閉まり、穏やかだった空気がピリッとしたものになる。


 身を固くするレオポルドの耳元に、カロリーナの顔が、ゆっくり近づいてくる。そして――


「――で? わたくしの趣味がなんですって?」


「ヒィッ!」


 レオポルドが身体を跳ねさせると、フンとカロリーナが鼻を鳴らし、テオが座っていた場所へ腰を下ろした。


「なによ。そんなに怖がっちゃって。わたくしがあなたに何をしたというのよ?」


 カロリーナは言って、メイドに下がるように命じた。レオポルドは、部屋から出ていくメイドの姿を、縋る目で見送ったあと、ガクリと肩を落とした。


「……オレのことを、教鞭マルティネで叩こうとしたじゃありませんか……」


 カロリーナはカップとソーサーを持ち上げて、


「あら。叩いてはいないじゃない。脅しはしたけれど」


 と言って、優雅な仕草で紅茶を飲んだ。


 レオポルドは、スンと鼻をすすって、「そうですね……」と言った。――駄目だ。この女性ひとに正論は通じない。


 自分では太刀打ち出来ないと悟ったレオポルドは、隣でしれっと紅茶をすするオズヴァルドの肩に、ポンと手を置いた。


「……オズ。あとは任せた……!」


「は?」


 オズヴァルドが声を上げた瞬間、カロリーナの視線が自分からそれたことに、レオポルドは安堵したのだった。

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