親友のレオポルドと幼馴染のオズヴァルドがアルバーニ邸を訪れた晩。テオは久しぶりにダイニングで夕食を食べた。――と言っても、まともな食事を口にするのは本当に久しぶりだったので、ダイニングテーブルにご馳走が並ぶ中、テオだけは消化に優しいミルク粥とポトフのスープのみを口にした。
それでも胃に負担がかかったのか、ティールームで食後の紅茶を飲んでいる途中、吐き気を催したテオは
結局、せっかく食べた物を全て吐き出してしまったテオは、疲れ切ってラバトリーからティールームへと戻ってきた。
テオがティールームの扉を開けると、気を揉んでいたらしいレオポルドとオズヴァルドが駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫か?」
「! テオ! 顔色が真っ青じゃないか!」
「今すぐ医者に診てもらったほうがいい」と、身を翻そうとしたオズヴァルドを、テオは焦って引き止めた。
「待って、オズ! そんなに大げさにしなくても大丈夫だから! ……いつものことなんだ」
「『いつも』って……こんな状態が、ずっと続いてるのか?」と、レオポルドが驚いた表情で聞いてくる。今更隠すことも出来ないので、テオは自分が摂食障害を患っていることを明かした。
「そんな……」
「……兄さんのせいで、こんなことになっているなんて、知らなかった」
言葉を無くした様子のレオポルドと、「さっきはすまなかった」と謝罪してきたオズヴァルドに、テオは苦笑いを浮かべて両手を振った。
「……とりあえず、座りなよ。それとももう部屋に戻って休む?」と、レオポルドが顔を覗き込んできた。テオは、ふるふると首を左右に振ったあと、気遣いに対する礼を言ってソファに座った。
テオがソファに座ったのを見て、お互いに顔を見合わせたレオポルドとオズヴァルドは、沈んだ顔つきでソファに座った。
「二人共ごめんな、心配かけて」
「いや……それは気にしなくていい。だが、本当に大丈夫なのか?」
「オズの言うとおりだよ、テオ。ほんの一週間と少し前までは、こんな風じゃなかったのに……」
言って、レオポルドは、チラッとオズヴァルドを一瞥する。オズヴァルドは居心地悪そうにして、もう一度頭を下げた。何度も謝られたテオは、逆に気を遣ってしまい、胃が痛むのを感じた。
テオが困った笑みを浮かべながら胃をさすると、自分たちの言動がテオの負担になっていると察した二人は、それ以上何も言及することはなかった。
暫くの間、沈黙が流れた部屋に、レオポルドの舌打ちが響いた。それに驚いたテオが、「レオ?」と名前を呼ぶと、レオポルドは怒りの表情を浮かべた。
「……テオをこんな目に遭わせるなんて……! クラーラ・カステリヤーノとオルランド・ガレッディは厳罰に処されるべきだ……!」
そう言って、レオポルドはテーブルに拳を叩きつけた。その姿を横目に見て、オズヴァルドが口を開く。
「……今回の件について、ボクは何も知らされていないんだ。……その、もし負担じゃなければでいいんだが、事の顛末を聞かせてもらえないだろうか?」
オズヴァルドは、膝の上で組んだ両手を震わせながら、真っ直ぐな瞳でテオを見つめてきた。
「オレも、できれば知りたい」と、レオポルドも遠慮がちに言う。
自分の事をここまで心配してくれる二人に、何も教えずにいるのは失礼に思えて、テオは自分が把握している部分だけをポツポツと話して聞かせた。
――説明後。
「と、言うことは、カステリヤーノ令嬢が兄さんに近づいたのは、爵位目当てだったってことか?」
オズヴァルドの問いかけに対して、テオはこくりと頷いた。
「……はっきりと本人から聞いたわけじゃないけど、そういうことみたいだ」
「なんて強欲な女なんだ! 伯爵位だって高位貴族に違いないし、その上アルバーニ伯爵家と言ったら、現国王陛下の妹君が降嫁したことで有名だろう!」
「何が不満だったんだ!」と、怒るレオポルドに、テオはクラーラが何も知らなかったことを告げる。
「……まあ、知っていたとしても、たちが悪いことに変わりないがな」
「それで」と、オズヴァルドは言葉を続ける。
「お前がそんなに憔悴しきっているということは、……それだけカステリヤーノ令嬢のことを……その、好いていたということか?」
「それは、オレも聞きたい」
二人共、緊張した表情を浮かべ、何故か前のめりで訊ねてきた。テオは押され気味になりながら、うーん、と口元に指を当てた。
「初めて出会った時の印象は、綺麗な人だなって思った……かな?」
レオポルドは、フンと鼻を鳴らした。
「テオのお姉さん……アルバーニ令嬢ほどの美貌は持っていないけど、令嬢とはまた違った魅力を持っているのは確かだ。言葉を交わすまでは、聖女か女神のようだと思っていたよ」
そう言って、紅茶を一口飲んだレオポルドに、テオは両目を見開いた。
「……レオって、クラーラと話したことがあったのか?」
テオの質問に、レオポルドは、大した興味もなさそうに話し始めた。
「オレがまだ、聖騎士養成所の入学試験を受ける前の話だよ? とある下級貴族の立食式パーティーがあってね。そこに、新興貴族の子爵家の一人娘が参加するってことで、男女共に注目していたのさ。……そしたらまあ。さすが、平民上がりというかなんというか。マナーがなっていないのは、まだ仕方ないって思えるけど、自分のことを『ララ』って呼ぶんだよ、あの子。アレは流石にいただけないね」
オズヴァルドも、コクリと頷いて同意する。
ただ一人テオだけが、「俺は可愛いなって思ったけど?」と、爆弾発言を落として二人に衝撃を与えたのだった。