――アルバーニ邸、客間。
紅茶と茶菓子をテーブルに置き終えたメイドは、軽く膝を曲げてお辞儀をすると、ティーワゴンを押して退室していった。パタン、と扉が閉まる音がしてから、テオは友人二人に微笑みかける。
「レオ。……それにオズも。まさか俺を心配して領地まで来てくれるなんて、思ってもみなかったよ。馬車を使わずに馬を走らせてくるなんて、大変だっただろう? 二人とも、ありがとうな」
レオポルドとオズヴァルドは、紅茶を一口飲むと、カップをソーサーの上に置いた。先に口を開いたのは、レオポルドだった。
「思ったよりも元気そうで安心したよ。……何度か手紙を出したのに、全然返事が来なくて心配してたんだ。そしたら、テオの噂を耳にして……」
レオポルドが言葉を濁して、気まずそうに視線を下に向けた。それから、チラリとオズヴァルドを一瞥する。レオポルドの物言いたげな視線に気がついたらしいオズヴァルドは、コホンと空咳をすると、真剣な表情でテオを見てきた。
「……その、ボクは何も聞かされていなかったんだが、……大変な目に遭ったな」
それだけ言って、口を閉じたオズヴァルドの脇腹に、レオポルドが肘鉄を食らわせた。「ぐっ」と、オズヴァルドが呻いて、非難の目をレオポルドに向ける。
「何をする。痛いじゃないか」
「『何をする。痛いじゃないか』じゃないだろ、馬鹿っ!」
「ば……レオ、お前今、ボクに『馬鹿』と言ったのか?」
「ああ、言ったさ! この部屋の中に、お前以外に馬鹿はいないだろ?」
「っ、ボ――」
「待って。……今ここで、成績の話を持ち出してマウントを取ろうとするなら、今すぐにお前をこの屋敷から追い出して貰う。もちろん、アルバーニ令嬢に、だ」
「くっ」と眉間にシワを寄せたオズヴァルドは、しぶしぶテオに頭を下げたようだった。
「……オーリー兄さんは、普段は『他人の婚約者を奪う』なんて愚行を起こすような方ではない。……が、」
「そうかぁ? 現に起こってますけどぉ?」と、レオポルドに水をさされたオズヴァルドは、チッと舌打ちをした。
「レオ、お前、少し黙っていてくれないか?」
レオポルドは、ハァ? と言って、ソファから立ち上がった。
「あのな。オレが黙ってたら、お前は言い訳しかしないだろうが! 身内が起こした不祥事だってのに、まるで他人事みたいに言いやがって! たった一言『うちの兄が大変な騒ぎを起こしてしまってすみませんでした』って、謝ればいいだけじゃないか! それをお前は遠回しにグチグチと――」
「レオ」
テオが名前を呼ぶと、レオポルドはピタッと喋るのをやめた。そして、なんで止めるんだ、とテオに向かって不満を口にする。「オズはいつもこんな感じだから」と、テオは苦笑して、だから気にしないでくれと言った。
「……とにかく、二人が会いに来てくれて嬉しいよ。もしかして、長期休暇を申請したのか?」
レオポルドはソファに座り直して、こくりと頷いた。
「だったら滞在先が必要だね。嫌じゃなければ、アルバーニ邸に部屋を用意するよ。……イテーリオ家には、戻りたくないんだろう?」
テオの問いかけに、レオポルドは苦笑いしながら、助かるよと言った。
「じゃあ、オズは――」
「ボクも世話になる」と、オズヴァルドは言って、紅茶を一口飲んだ。しれっと言ったオズヴァルドの言葉に反応したのは、テオではなく、レオポルドだった。
「ハァ!? 何言ってんの、お前! ガレッディ領はすぐ隣だろ!? 自分の家に戻ればいいじゃないか!」
「隣の領地とはいえ、ここに毎日通うとなると不便だからな」
「お前、毎日くるつもりなのかよ!?」
「なんだ? 文句でもあるのか?」
「あるに決まってるだろ! ツンツン、トゲトゲしたお前の相手を毎日してたら、テオの胃に穴が開くだろ!」
レオポルドの言葉に、オズヴァルドはキョトンと首を傾けた。
「『ツンツン、トゲトゲ』? ……ボクがいつ、そんな態度をとったって言うんだ?」
本気で心当たりがなさそうなオズヴァルドを見て、レオポルドは信じられないものを見る目をし、オズヴァルドを指差しながらテオに顔を向けてきた。
「……テオ。こいつ本気で言ってんの……?」
テオは肩をすくめ、眉尻を下げて笑みを浮かべた。レオポルドはポカンとして、テオとオズヴァルドを交互に見ると、オズヴァルドの肩にポンと手を置いた。
「お前。一回、医者に診てもらえ」
「は? 何を言っている? とうとう頭がおかしくなったのか?」
「お前が、何言ってんの? 頭がおかしいのは、お・ま・え!」
「プッ」
二人の掛け合いが面白くて、テオは思わず吹き出してしまう。ポカーンとしてこちらを見てくる二人の表情がそっくりで、テオはこらえきれず、アハハと声をあげて笑った。
お腹を抱えて笑うテオを眺めていたレオポルドとオズヴァルドは、お互いに顔を見合わせると、プッと吹き出して笑い合った。それを見て、二人の笑いにつられて更に笑うテオ。
何日も笑い声とは無縁だったアルバーニ邸に、楽しそうに笑う三人の声が響いて、それを聞いた者達は安堵の笑みをこぼした。
――その後。
レオポルドとオズヴァルドは、テオに笑顔を取り戻させた功績(?)をカロリーナに認められ、長期休暇中のアルバーニ邸への滞在を許されたのだった。